下村彰慶 オステオパシー人生のブログ|日本オステオパシープロフェッショナル協会

これからの時代 気苦労が大変だ!   2018.9.12

地震に加え日本に襲来する台風が毎年大型化してきているのに不安を感じる。前回のブログでも書いたが、20号・21号と間髪あけずに関西を直撃し、私の家も被害を受けたため取り壊すことにした。

3回もリフォームし思い出のある自宅だがしかたない…。

 

不安を感じるというのは2つある。1つはこれから家を建てるのは日本古来の木造住宅はどうかな・・・と考えさせられる。特にこれまでなら高台の前面の宅地は好まれたが台風がこれだけ大型化してくると木造家屋で建てるにはどうかなとも思えてくる。鉄筋で建てることも考えるようにしなくてはいけないだろう。

 

もう1つはJTOCの授業が終わり、講師が帰国する日の前日の夕方に大型台風21号が神戸を直撃した。

翌日伊丹~成田まで乗るはずだった飛行機は欠航が決定している。新幹線が動くかどうかは当日まで不明。しかし、講師のコニーD.Oは帰国した翌日から予約されている患者の治療があるので、どうしても予定通り日本を離れなければならない。で、どうしたかというと、ウルトラCを使って無事に成田に到着し、予定の飛行機にて帰国されたのである。

費用は当然我々がもつことになる。これからの時代、学校を運営するのは気候も加わり大変なリスクを伴うことになる。えらいこっちゃ(笑)

 

台風20号・21号そして北海道地震   2018.9.10

最近続いて起こる天災によって、日本列島の中でまだ無傷なのは北陸・中部・関東のみとなった。

このままで本当に日本は大丈夫なのか?

 

テレビのコメンテーターやキャスターの迷言ぶりを聞いていると更に不安をかきたてられる。

我が家も、台風21号より20号の時にダメージを受け雨漏りが激しいので取り壊すことにした。

しかし、今回の北海道地震は驚いた。いつも驚くのは同じだが、まさか北海道に起こるとは…。本当に適切な言葉が出てこない。

 

とにかく台風及び北海道の地震において、お亡くなりになられた方に対し心よりお悔やみ申し上げますとともに、被災されたすべての方に対しお見舞い申し上げます。

お盆休み        2018.8.11~8.15

8月10日(金)の診療を終了し15日まで久しぶりにまとまった休暇に入った。

いつもならこんな時にこそ、普段なかなか出来ない事務仕事をするのだが、今年は思い切って母が一人で暮らす実家に帰ることにしていた。

 

もちろん、母は大喜びである。実家に帰り、墓掃除と墓参りを済ませた後は、大半の時間を母との会話に当てるとともに、滞在中に2回程治療も行った。

母はこれまでに膀胱炎を何度も再発しており、過去の骨盤骨折や手術等の影響もあり

現在はチューブによって排尿を余儀なくされている。

そこで、自律神経の調節を行い、仙骨・腸骨の矯正をしてやるとかなり症状は改善され、とても喜んでくれた。

 

生まれ育った実家よりも、神戸に出て来てからの年数の方が長くなるが、不思議なもので実家と自宅とでは何か違う。

同じように気持ちが落ち着くのだが、文章とか言葉では表現出来ない何かが違うのだ…。

上手くは言えないが、私にとって自宅は身体を落ち着かせる所であり、実家は心を落ち着かせる所なのかもしれない。

 

私の実家は姫路の山奥にある田舎だが、今回帰って大変驚いたことがある。

それはテレビなどの報道にあるように、田舎の荒廃が目に見えて進んでいることである。

私が小学校の頃、村には1年生~6年生までの子どもが20人以上はいたが、現在は5人しかいないという。

住人が村を離れ、石垣だけしか残っていない家屋跡や現在は誰も住んでいない廃屋が目立つようになってきた。

 

そうなると、田畑や山の手入れが出来なくなってくるので、年と共にもっと多くの若者が田舎を去ることになるだろう…。

田畑が荒れるのは一年もかからないが、先祖が守ってきた田畑を一端荒らすと、再び耕作地とするにはなかなか難しいものがある。山も同じだ。

 

ちなみに私は、息子が仕事を継いでくれた後は、実家に帰り故郷のために尽くしたいと考えている。

 

頭蓋反射テクニックセミナー    2018.8.4~8.5

頭蓋反射テクニックセミナーは何回目になるだろうか…?

前回のデモンストレーションは宮崎の野川君だった。彼の場合は、アキレス腱断裂による手術をしたのだが、その後の痛みにより跛行を呈し、ギプス固定をされ杖をついてセミナーに来たのを今でも覚えている。

ところが、頭蓋反射テクニックをした後、症状が劇的に変化し、杖なしで歩けるようになり痛みもほとんどなくなった。

この時セミナーに参加していた方は、今でも記憶にあると思う。

 

さて、今回のセミナーでガチンコのデモンストレーションのモデルに名乗りをあげたのは秦君だ。「嗄声」ということなので、もちろん声がかすれてあまり出ない。

このケースにおいての治療は、特別な場合を除きそれほど難しくはない。セミナー参加者に、なぜこのような現象が起きるのかを説明した後、注目すべきポイントを教えた上で頭蓋反射テクニックのみで治療し、その場で症状を大きく変えた。

一言付け加えさせていただくと、治療する前に「治せる」と言い切った上で治療し、その通りの結果を出したのだ。

 

もし、このブログを見て興味のわいた方は、次回ぜひ参加していただきたい。

モデルの秦君の感想文を付けておくので、ぜひ読んでもらえたらと思う。

 

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JOPA一般会員会員 秦 博弥

先日は、頭蓋反射ベーシックセミナーにて嗄声の治療をしていただきありがとうございました。

セミナーを受ける前日より喉の調子が悪く、たまに詰まる様な感覚があり声が出にくい感じがありました。セミナー当日の朝は声が少しかすれた感じでしたのですが、セミナー会場へと新幹線で移動した後は完全に声はかすれ、声を出すのが辛い状態になりました。

セミナーにて身体を診ていただいたのですが、まず初めに後頭骨が凹みがヒドイと言われ、下村会長の後頭骨を触らせていただいたのですが自分との違いにびっくりしました。

それから身体を診ていただくと、左前腕の手術の跡が引っ張っているとの事でした。僕は10年程前に左前腕の両骨の骨折の手術をしました。その部位を治療していただくと左前腕が膨らんでいきその膨らみが胸郭、腹部内臓へと広がっていく感覚があり、それと同時に喉のつまりが取れた感じがありました。

それから治療が続き心横隔膜靭帯をリリースしていただくと喉の方まで広がっていく様な感じがあり、同時に熱くなるような感じがありました。

そこで声を出すと、かすれはありましたが出しやすい状態になっていました。下村会長からは、時間が経つと元の声に戻るとの話を受けました。

それから1日目のセミナーを終え食事をしながら会話をしていると、どんどんと声が戻ってきました。一緒に食事をしていた先生とかなり驚きました。就寝する前にはかすれが少し出る程度になっていました。

2日目の朝には、ほとんど声が戻りました。

今回治療を受け、これまでも手術の跡は身体に歪みを起こしているとは思っていましたが改めて実感しました。それと同時に下村会長の凄さ、オステオパシーの凄さも実感しました。

本当にありがとうございました。

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西日本豪雨災害に対する義援金   2018.7.17

最近における西日本豪雨災害の後、私はしばらく考えていた。何かといえば、私は何が出来るか…ということだ。

 

今回の豪雨では、JTOCの学生も一人被害を受けている。「命」以外、全てを失ったそうだ…。いったい日本はどうなってしまうのだろう。本当に深く考えるようになった。

こんなことが毎年起きていたら、いつか日本は滅びてしまうのでは…。考えたくもないことだが、これまでよりも想定外のことも含めて、考えざるをえなくなったように思える。

 

私の出した答えは、とりあえず「義援金」だ。

国に送るか、あるいは被災地の県に送るか迷った末、被災地の県に送ることにした。

 

広島県に40万円 岡山県に30万円 愛媛県に30万円  計100万円を送金させていただいた。

嵐のメンバーは各地に5000万円ずつ寄付したというのに申し訳ない気もするが、私も学校をスタートさせ、まだ5年しか経っておらず、1期生の卒業生すらまだ出せていない状況なので、今のところではこれが限界だ…。申し訳ないとも思う。

でも、私なりに出来ることは積極的に支援したいと思っている。

 

それにしても、なぜ毎年のように酷い災害が起こるんだろう。

環境を破壊したことで、天が怒っているといえばそれまでだが…。本当に私の大好きな日本が災害に遭い壊されるのは辛い。

 

阪神淡路大震災では、私の自宅も半壊した身なので、あえてその立場で書かせていただきたいと思う。

被災地の皆さん、これまでに見たこともない大量の雨水が押し寄せてくるのを体験され、本当に怖かったことと思います。身内に不幸なことが起こってしまった方や苦労して建てられた家などが一瞬にして無くなってしまうことは、なかなか受け入れ難いことだったでしょう。また、これからの将来についても大きな不安があることでしょう。

 

したがってこんな時こそ、同じ日本人として民族として強く団結して再起しましょう。頑張りましょう。

本来の日本民族はとても強いのです。

そして、出来ることなら「被災者」とはいわず「復興者」というようにしましょう。

私の経験からですが、私はそう思うだけで気持ちが前向きになりました。

陽がまた昇るように、良いこともまた歴史は繰り返します。

諦めず、希望や夢を捨てずにぜひ頑張ってください。

 

我々の協会も被災された方々に対し、何が出来るか考え、出来る限りの支援をしたいと思います。

JTOC 臨床方法論(鑑別診断・症候学)   2018.7.13~16

JTOC1期生の授業も専門課程4年次に入り、ますます内容が濃くなってきた。

今回の講師は、フィリップ・レイショMD,DOでフランスのオステオパシー学校の校長でもある。

 

私と彼は、レンゾーモリナーリDOの紹介により5年ぐらい前に知り合うことが出来、彼の学校とクリニックを訪問させていただいたことがある。

 

さて、今回の授業の講師を決めるのに、レンゾーに私の考えを伝え、レンゾーが理解してくれたことに始まる。

 

私はここで臨床診断、つまりレッドフラッグやイエローフラッグなどを含めたことを教えるのには絶対にMDかつDOでなければダメだと思った。

アメリカのDOは医師であるので、MD的な要素や脊柱筋などのマニピュレーションは出来ても内臓マニピュレーションまで取り入れているDOは少ない。

 

そういったことから、ここの講師は医師であっても絶対ヨーロッパのMD,DOの方が医学的要素やマニピュレーションの方の考えが分かるので日本には合うと思っていたからだ。

 

私の考えは的中し、4日間の座学は確かにしんどかったが大変ためになる素晴らしい授業だった。

つまり、あと少しすれば皆は卒業となり、一人ですべての決定をし、良いことも悪いことも一人の責任となってくる。

そこには何かあっても助けてくれる学友や講師はいないのである。

 

そのためにも患者さんの安全を確保し、自らのリスクも避けるための症候学と鑑別診断が出来ることが必要なのだ。

例えば、痛みや痺れを訴えていたり、発熱の症状が伴っている場合、比較的安全かすぐに病院に送る必要があるかを鑑別する知識がなければならないのだ。

 

また、大動脈瘤があった場合、どこをどのように診るか?

あるいは痛みや痺れがあった場合、それは中枢性か末梢性のものか?

ある部位に出血があった場合、どのような病名が考えられるか?

などなど殆んどすべての診療科目にわたって教わった。これは大変ためになり、なるほど…と思わされた授業だった。

 

また、プレゼンの資料があるにもかかわらず、それを見ることもなく4日間全力でしゃべり続けながら教えていただいた。我々はその迫力にも、また圧倒させられた。

JTOCは基礎医学で整形外科学・内科学・小児科学・X線学をMDによって教わっている。

国家資格を持っている者は必須ではないが、しっかり学んでいた方が専門課程4年次で困らずに済むと思う。

 

まぁ~ もの凄い量(情報)を覚えなくてはならないのでね…。

 

これまでにない集中豪雨     2018.7.7~7.8

ここ数年、日本全体がこれまでにない異常気象となっている。

地震をはじめ、ゲリラ豪雨、土砂くずれ、火山の噴火、台風の時期などすべての分野においてだ…。

 

7月6日に九州~関西にかけて、強い雨が降り、飛行機・新幹線などが止まり高速道路なども通行止めとなっていた。

警報の内容も刻刻と変わり、金曜日の夜ぐらいだったかなぁ… ついに東灘区にも避難勧告が出された。

ほぼ全ての交通手段が止まることになり、金曜日の夜間に電話で緊急理事会を開き、JOPA膜シリーズのベーシックテストを中止することとし、JTOC3期生の基礎医学(脈管)を担当して下さっている講師の安藤MDも来れないということから中止と決まった。

 

膜Ⅱ福岡担当の東山は、金曜の夕方から移動してもらうことになっていたが、新幹線が止まっていたので飛行機で福岡に行こうとしたがすべて満席。したがって一旦鹿児島まで飛んだ後、バスで鹿児島中央駅まで移動し、そこで新幹線に乗り換えて福岡入りしてもらった。福岡での膜Ⅱは予定通り開催したが、3名が来れなかったらしい。

 

ベーシックテスト担当の守安には、セミナー責任者であることから土曜日の朝8:00に事務局に駆けつけてもらい、事務局スタッフと受講生に中止の連絡を入れてもらった。

 

しかし、テレビの映像を見ても、今回の豪雨は本当に酷かった。

被害を受けられた方々には、心よりお見舞いと一刻も早い復興を願うばかりである。

英霊参拝(沖縄)     2018.7.1

JOPA講師陣は、毎年、所を変えて日本民族と国家のために戦い散華された英霊に対し参拝をしている。今年は、日本で唯一の激戦地となり、その犠牲となられた沖縄県民と英霊に対し感謝と哀悼の意を表すために、沖縄に行くことにした。

それに加えて今回の沖縄は、6月30日(土)の午後より、特別企画セミナーを開催することになっている。

今年は講師からの提案(誰の提案だったかは思い出せない…)により沖縄へ行くことにした。

参拝場所は3か所

♢ひめゆりの塔:慰霊碑の名称は、当時第三外科壕に学徒隊として従軍していたひめゆり学徒隊にちなんでいる。最も被害を受けたのは第三外科壕の学徒隊である。第三外科壕は19日朝、黄燐手榴弾などの攻撃を受け、壕にいた96名(うち教師5名・生徒46名)のうち、87名が死亡した。

♢海軍壕:海軍大田司令官はじめ幹部6名が最期をとげた所

♢摩文仁の丘(第32軍壕):第32軍 牛島司令官と長参謀長が自決し集団的戦闘が終わったとされる所

 

昨年は8月に指宿へ行ったが台風の直撃をうけた経験から、今年は6月30日(土)にホテル

に集合、7月1日(日)に参拝することにしていた。

ところが…だ、日曜日に台風が沖縄を直撃するというではないか。木曜日に沖縄入りして

準備をしていた私はその報を聞いてどうするか判断に悩んだ。つまり、土曜日に全員沖縄

に来ることは出来る。セミナーも問題ない!

しかし、参拝後、日曜の午後便で帰れなくなる者が多数出ることが予想出来たからだ。

 

最後に下した決断は

「参拝を中止にはしない。しかし、参拝後、日曜日に帰れない者が出る可能性があるので

各自の判断と責任で来れる者は来るように…!」という指示を事務長と副会長の近藤に出した。

つまり、日曜日に帰れなくなった場合、ホテルの延長予約や飛行機チケットは各自取り直すように…ということである。

今回は仕方がないと私も思った上での判断だ。おそらくほとんどの者が来ないのではないかと思っていた。

 

ホテルのロビーでの集合時間は、土曜の5:30pmである。沖縄セミナーも無事終了し、時間通りにロビーに行った時、我が眼を疑った。

 

JOPA講師・トレーナー計34名の内26名もの者が、台風が直撃するというにもかかわらず沖縄に来てくれていた。これには本当に驚いた。

 

その後、割り当てていた部屋にいったん荷物を置きに行き、再び6:15pmにロビーに集合し、夕食をとるために予約していた居酒屋にタクシーに分乗し出発

 

居酒屋に到着すると店の方が「今日は貸し切りにしています」とのことであったので、全員が人目を気にせず長い間楽しめた。

コース料理に飲み放題プランだったのだが、中には腹一杯になっていない者もいたので、

一品ずつ注文するように言った。もちろん、その分は私が持った。

店の方は大喜び…まぁ そらそうだろう。本当なら悪天候のため殆んど誰も来ないと思われる中、店内はほぼいっぱいになり追加注文までしたのだから…(笑)。

「サービスです」と言って、店側からデザートに一人に一つずつアイスクリームを配ってくれた(笑)。

 

その後は自由行動としたので、全員が何をしたかは分からないが、その内の一つのグループは朝の6時まで飲んでいたらしい(笑)。

 

7月1日(日)8:15amにホテルのロビーに集合し、チャーターしていたバスで参拝に出発

まず、最初はひめゆりの塔である。バスで向かっている途中雨がひどくなってくる…。

仕方ないと思い「雨に打たれるのを覚悟するように」と、みんなに伝えようと後ろを振り向いたら、ほとんどの者がグーグーと寝ている。

その光景を見て「よく来てくれたな ありがとう」と思い、何も言わずそのままにしておいた(笑)。

 

ひめゆりの塔に到着。すると、先程まであれほど降っていた雨がピタリと止んだ。

そして、ひめゆりの塔の前で全員整列し参拝した後、資料館へ…。

バスに戻って次の参拝地の海軍壕へ出発した途端、再びもの凄い雨に…。

 

海軍壕にバスが到着すると再びウソのようにピタリと雨が止む。

ここには手榴弾で自決された時の弾痕跡が今でも残っている。

 

海軍壕を出て最後の目的地である 摩文仁の丘に向かうため、全員がバスに乗り込んだ途端、再び強い雨がバスを打ちつけ始めた。

 

それを見て大仏(宮本)が…

宮本「なんか 先生のパワーは神がかってますよね…」

下村「なんで?」

宮本「だってバスに乗っている時は雨で、参拝する時はピタっと雨が止むでしょ。凄い運を引き寄せていますよね…」

 

まぁ もの凄く強い運を持っているというのは何となく感じているし、易者にもよく言わ

れるが…。

 

そして、摩文仁の丘に到着すると、またまた本当にピタリと雨が止んだのだ。これには本

当に多くの者が驚いていた。

そして、第32軍の牛島司令官と長参謀長が自決された洞窟の前で参拝した後、バスに戻

ると途端に雨が降り出したのだ。

 

そして、空港に向かうバスの中で解散の挨拶をした。

 

下村「今回は悪天候の中、参拝に多くの者が来てくれてありがとう。このバスの中で解散とするが、この後、各自ホテルや飛行機のチケットの取り直しをしてほしい。今日帰れない者がたくさんいると思うが、各自十分気をつけて帰るように…」と挨拶をして那覇空港で手続きをする者を降ろした。

 

月曜日の夜になっても、まだ帰れずに沖縄に残っていた者は可哀そうなので、知っている

限りにおいて連絡をし、夕食をご馳走したいので集まるようにと居酒屋に集合させた。

 

来たメンバーは先山・菊池・牧野の3人。

帰りたくても台風が九州地方を直撃中なので飛行機が飛ばないらしい。

 

この店でラストオーダーになるまで飲食させたのだが、「まだ腹一杯になっていない」と

牧野が言うので「それならステーキでも食いに行くか?」と冗談で言ったのだが、牧野の

返事は「えっ いいんですか?」と言う。信じられない答…?

 

信じられないというのは「いゃ~ステーキまではさすがに食べられません」と言うと思っ

ていたのだ(笑)。

まぁ若いということなのだろう。「ほんまに食べれるんか?」と確認した後、先山に聞

いて全員で 88というステーキハウスに行った。

 

「好きなステーキを食え」と言ったのに、迷っているので、「何を迷ってるんや 金額を

気にしとんやったらそんなこと気にせんでいい」と言って、全員に「特上サーロインステ

ーキ」とロブスターをオーダーした。

 

私達夫婦は、前の店で腹一杯だったので、特に何も注文しなかったが、あえていうなら

ピザを一枚だけ注文して、5人で分けて食べたぐらいかな…(笑)。

 

それにしても、こいつらの腹はどうなっとんやろ…?

 

まぁ 人のことは言えんけど、私の若い時は一晩で焼きソバ10人前と砂ズリ3人前、お

好み焼き1人前を食べた上にまだ食べようとしたら、店の人に止められた経験があるから

なぁ…(笑)。

 

結果的に全員無事帰れたが、ちなみに一番最後に帰って来たのは、パチ(穂積)で木曜

日だった(笑)。

 

そして、神がかっているとしか思えないことが更にまだある。

 

月曜の午後から私達夫婦と長野の藤井君の3人は、タクシーをチャーターして「斎場御嶽」に行こうとしていたのだ。

もちろんこの日の天気予報は雨であり、特にこの3人で行く時間帯は大雨注意報が出てい

たのだ。

さすがにここまでは運も強くないだろうと思い、腹をくくって3人で相談して沖縄ソバの

有名な店に、タクシーの運転手さんに予約を入れてもらい先に行くことにした。

なかなか沖縄の伝統が残る建物でソバも美味しかった。

そして、「セイファー ウタキ」に向かっている途中は予報通り雨が降っていた。

しかし、目的地に着くとやはりピタリと雨が止み、50分程ガイドについてもらって見学が

終わり、タクシーに乗ってしばらくすると、もの凄い雨に見舞われたのだ。

 

天気予報では、この時間帯は100%雨であったにもかかわらずだ…。

さすがこれには自分自身でも驚いた(笑)。

本当はまだまだ書きたい面白いことがあるのだがこれぐらいにしておく。

 

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久しぶりの大きな地震    2018.6.19

朝寝ていたら突然大きな揺れに飛び起きた。

久しぶりの大きな地震だ。

 

阪神淡路大震災の時は、今から寝ようとした時に地震に見舞われたので、もちろんよく覚えているし、自宅の柱が折れる音なども今でも記憶している。

 

今回の地震はそこまではいかないが結構大きかった。建物の倒壊などはなかったが、交通機関がマヒしてしまい、午前・午後の患者さんは、ほとんどが遠方の方であったためキャンセル。

当日治療したのはわずか3名のみ。

 

月曜日はスタッフ全員が出勤出来なかったため休みとし、火曜日に出勤してきた時に大阪府下のJOPA会員全員に安否確認のメールをしてもらったが全員無事だったようだ。

 

今回の地震で被災された全ての方に心よりのお見舞いを申し上げたい。

 

 

※ブログは、いつも私が手書きしたものを事務スタッフがパソコンでタイプした後にアップしている。今回のブログも地震直後に書いていたが、事務が多忙であったために大幅に遅れての公開となった。この後のブログの原稿もいくつか出来上がっているので、順次遅れながらもアップしてくれるだろう。

JTOC 1期生のクラニアルが終了   2018.6.13~6.18

JTOCカリキュラムの目玉であるクラニアル(顔面頭蓋)が終了した。

 

講師は、私の友人でもありSCTF講師でもあるDan D.O., FAAO だ。JTOCのクラニアル講師をUSAFAAOのタイトルを持つDan D.O. に受け持ってもらう…。本当に有難く贅沢な話だ!

前回は、脳頭蓋を教えてもらい、今回は顔面頭蓋を教えてもらうことで一通り全ての頭蓋縫合に対してのアプローチは教えてもらった。

 

結論からいうとアメリカ及びヨーロッパ・日本におけるオステオパシーの学校で、ここまで踏み込んだ内容を教えている所はまずないだろう!それだけの自信はある。

通常なら学校を卒業した後にセミナーなどで教えてもらう内容が盛り沢山含まれていた。

生徒は覚えるのが大変だったようだが、それ以上にDan D.O. の熱意に打たれ、楽しさの方が勝っていたように思う。

授業後も何名かが残って練習し、お互い解らなかった所やうまく出来なかった所を助け合っていた。

Dan D.O. も休憩中の私との会話の中で「生徒は確実に上達してきているネ」と言ってくれ、私もうなずいた。

生徒の上達の速度は本当に凄いものがある。

これも皆の協力があってこそのものだが、1期生が卒業式の頃には、入学時と比べどれだけ大化けしているか本当に楽しみだ。