下村彰慶 オステオパシー人生のブログ|日本オステオパシープロフェッショナル協会

JTOC講師マイク・クチェラD.O.,F.A.A.O.の来日とモントリオールへの出発 2017.6.1~6.6

6月1日夕方、伊丹空港にマイクが到着‼

マイクとは、マイケル・クチェラD.O.のことである。私は、本人より「マイク」と呼んでほしいと言われているので、ブログ上でもマイクと書かせていただいている。有難い話である。

マイクは、職歴としてはカークスビル大学の副学長まで昇り詰め、AAOの会長も務めたことのあるオステオパシードクターである。

もちろん、彼の名声は、日本・ヨーロッパ・北米・南米・オセアニア・ロシア等オステオパシーが広がっている地域においては広く知れ渡っていることは言うまでもない。

そして、彼の教え方は、生徒をどんどんのめり込ませ、惹きつける上手さがある。

当然技術レベルは言うに及ばず…だ。したがって、人気度も高いのはうなずける。

支持層もほとんど何も出来ない生徒からではなく、一定のレベル以上の生徒の人気(支持率)が高いのだ。

 

正直言って、マイクがJTOCの講師を引き受けてくれるとは本当に思ってはいなかった。

この陰には、JTOC名誉学長のレンゾー・モリナーリD.O.の力添えがあったことを改めてここで申し上げておく。

 

さて、マイクを、私と裕美そしてスタッフ兼通訳の中井さんの3人で迎えに行ったのだ。

空港で待ちかまえていた我々は、マイクの顔を見るなり駆け寄って「ウェルカム」と言って、AAO以来2か月ぶりの再会を喜んだ。そしてマイクとの会話を楽しむために夕食に神戸三宮へ向かった。

マイクの好物を我々は当然熟知している。マイクは大変喜んでくれ、旅の疲れもまるで忘れているようだった。

そこで、マイクの思いを聞かせてもらった私と裕美は、心から感謝し、私達が持つ人脈の有難さや感謝の思いを再確認できたことは本当によかった。

 

ここで全てを書くことは出来ないが、マイクも全てが順調な人生ではなかった…ようだ。

色んな人との関りや、仕事で悩んだり傷ついたりすることもあり、人生の生き方を変えようと考えたらしい…。

 

最後に言ってくれた言葉は「後半の私(マイク)の人生は、JTOCの学生達に本当にためになることを教えてやりたいし、もし私に何か出来ることがあれば言ってほしい…。」ということであった。こんなことを言ってくれるとは思ってもいなかっただけに本当に頭が下がる。感謝の念しかない。

 

これはモントリオールから帰って来てスタッフから聞いたことだが、実際にマイクは休憩時間も惜しまずに、また、授業を少々延長してでも伝えたいことは全て伝えて帰国したそうだ…。有難う マイク

 もし、JTOC1期生の諸君が、このブログを見ているなら伝えたいことがある。

マイクの体調は万全ではなかったということだ。にもかかわらずJTOC1期生のために教えに来てくれ、授業が終わった後は下肢を引きずるような状態になっていたということを皆は知っているだろうか…。

オステオパシックドクターというUSAでの肩書があり、本当に世界的に有名なドクターが、セミナー講師と比べると条件も良くないJTOCの講師を引き受けてくれ、日本人のために神戸の地に足を運んでくれた。私にとっては、これだけでも十分有難いことであった。

有難う マイク! 本当に有難う! きっとJTOCの学生はマイクの期待に応えてくれるだろう。

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 しかし、マイクとの食事中に、私はマイクにある1つのことを詫びなければならなかった。

それは、6月2日・3日・4日の3日間で行われるJTOCの授業に、裕美をアテンドとして神戸に残すものの、私自身は、私も含め7名のJOPAメンバーがアンソニー・チラD.O.,F.A.A.O.,のセミナーを受けるために、2日の早朝にモントリオールに向けて飛び立たねばならないからだ。その非礼を詫びたのだ。

アンソニー・チラD.O.は、私が師と仰ぐオステオパシードクターである。本当に彼の技術は素晴らしいの一言に尽きる。

そのチラD.O.より、3月の初めにメールが届き、6月3日・4日の2日間、モントリオールのシンポジウムで教えるので、もし興味があったら来ないか…との連絡を受けたのだ。

その前年の11月にトロントでも受けたのだが、そんなことは私には関係ない。したがって、

「膜の総合評価テスト」の合格者の中から、希望者のみを連れていくことにしたのである。

もちろん、マイクの授業も聞きたいし、チラD.O.のセミナーも受けたい。しかし身体は1つしかない…。迷いに迷い、悩んだあげく決定した次第である!

 

2日の早朝、いつもなら明石の自宅からタクシーで伊丹空港に向かうのだが、前夜はマイクと遅くまで食事をしていたこともあり、今回は明石の自宅には帰らず「男の隠れ家」である「りりぱっとはうす」に泊まり、ここからタクシーで向かった。

伊丹空港では、藤岡君と待ち合わせ、さらに羽田空港で鳥海君と通訳の野原さんと待ち合わせていた。

今回は、2つのグループに分かれてモントリオールに向かった。

1つは私が率いるJALグループ(下村・藤岡・鳥海・野原)

もう1つはエアーカナダグループ(中根・清水・中島・武井)である。

 

我々のグループが先にモントリオールのホテルに着き、小休憩中に私がホテルの外でタバコを吸っている時に、もう一つのグループが到着! モントリオールでの再会を喜んだ。

その後、全員で近くにあるパスタと肉の美味いレストランに行き食事を楽しんだ後、ホテルに戻り明日からのセミナーに備えて眠る。

 

そして、3日目の早朝全員で会場へ行く。

会場で約半年ぶりにチラD.O.と再会し、挨拶をすませた後、講義を聴く。

テーマは小児のアプローチだが、一般のオステオパスが教えるようなものとは違う…。

チラD.O.は、呼吸というものをいつも注意深く観察するドクターである。

チラD.O.いわく「頭蓋に触れなくてもすむ方法があるならそれが一番良い方法である」と言われた。

正直、内心私は「言わなくても良いのに…」と思ったが、ブログにも書くことにした。

 

私が昨年「小児に対するアプローチ」というテーマで1dayセミナーを開催したが、頭蓋はほとんど触れることなく、四肢や他を治療することで、モデルの子供の症状や頭蓋の病変パターンを変化させたことはセミナーに参加された方なら覚えてくれていることと思う。

こういったチラD.O.の教えがあったからこそ、私はあのようなことが出来たのだと思っている。

今回は、リンパの排液及びチラD.O.が開発された白線のリリース等を教えていただいた。が、…それに私は驚いたのではない。リンパでは既にその現象は知っていたが、チラD.O.の白線のリリースにおいても同じ現象が起こったのである。

その現象とは何か…!? それは、モントリオールに行った者だけが知る権利があるので、ブログには書けない。

カナダのオステオパスや学生達は全く気づいていなかったが私は気づいた。

したがって、私は帰国してからチラD.O.にメールで、なぜそのような現象が起こるのか尋ねてみたのだ…。

チラD.O.からの返事は、今日メールを送ったばかりなので今の時点ではまだ届いていない。が、モントリオールに参加した者には教えてやりたいと思っている。(メールを送った翌日に返事が来て、あなたの認識は正しいとあり、理論も書いてあった。)

 

ところで、今回、モントリオールの(CEO)のシンポジウムに行って驚いたことが3つある。

1つは、CEO及び学生が大変なことになっている。

その内容をブログに書くつもりはないが、新聞にも掲載されたことなので、いずれ日本にも伝わるだろう(真実が伝わるかどうかは分からないが…)

1つは、今年の参加人数は非常に少なかった(Philippeのセミナーが後半にずれていることを考えても少ない)。だからかもしれないが、いつもなら、シンポジウムのカバーなどもかなり立派な物が配られるのだが今年はしょぼい物が配られていた。

1つは、エレベーターのドアを開けた時の臭気が異常に臭かった。あれは何とかしないといけないと思う。つまり、トイレの臭いを消そうとして芳香剤を置いているようなのだが、その2つの臭いがブレンドされ、えげつない臭いになっており、通路から教室まで充満しているのだ。

この前来た時も気になる臭いだったのだが、今年はそれが人間の嗅覚の忍耐の限界に達する感じだったのだ。

しかし、それはPhilippeが何とかしようとしても無理なのかも…。だから、日本人は我慢して2日間耐えた(日本民族は我慢強いのだ(笑))

つまり、学校といっても持ちビルではなく、1つのビルにいくつかの他の業者も入っている雑居ビルだから、一人の意見でどうこう出来ないのかもしれない。

エレベーターのドアが開いた途端、中根先生が空気を吸って「うわぁ〰」と悲鳴をあげたのには、私も含め他の日本人グループも同じ意見ながらも笑ってしまった。

そして、このセミナーには私がアメリカの他のセミナーでよく会っていたアメリカ人女性

のD.O.も来ていた。

今回、彼女の方から話しかけてきてくれたことから、初めて会話もし、名刺交換もした。

(写真を載せておく)

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5日の早朝、6:30amフライトの飛行機に乗るため、4:30amにJALグループはタクシーに

乗り、日本に向けてバンクーバー経由で帰国の途についた。

エアーカナダグループは8:30amのフライトの飛行機に乗り、トロント経由で日本へ帰国の

途についたはずだが、着いたのは我々がわずか30分早く着いただけだった。

どういうこっちゃ!

 

おしまい

 

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友人のグエン・ダットD.O.(USA)が治療を見学に来た! 2017.5.23~24

 友人のグエン・ダットD.O.(USA)をブログで載せるのは初めてなので簡単にここで紹介する。

フィラデルフィア オステオパシー大学(USA)の卒業生で、昨年D.O.になったばかりだ。

偶然にも、以前ブログで紹介した友人のグレッグの後輩でお互いが知り合いだったこともあり、話が弾み、その後も友情の灯をともしていた。

 その彼が、日本にいる彼女に会いに来たついでに神戸に立ち寄り、治療を見学して帰ったということだ。

 私の治療をしているのを見て大変驚き興味を持ってくれたそうだ。何でも187人のフェイスブックのオステオパス仲間がいるので、そのメンバーに治療風景を見せたいとのことであった。

ビデオを見たら友人もきっと治療を見学に来たがるのではないかと言ってはいたが、私は来てもらうよりも自らアメリカに進出したい気持ちだ…。

 まあ、それぐらいの気概はあるつもりだが、自分にどれだけの力があるかは分からん。

日本人のオステオパスとして恥じないよう努力をし続けているつもりだ。

 

おしまい

 

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SCTF(サザーランド・クラニアル教育財団)セミナーに参加して 2017.5.11~5.15

さて、前回FPRセミナーについてのブログを書いた。

そのセミナー終了日の2日後に今度はUSAオレゴン州のポートランドに向けて飛び立ったのだ。目的はSCTFのセミナーに参加するためだ。

SCTFとは、サザーランドの教えを忠実に守り現在に受け継いでいる団体である。

このことは昨年のブログにも書いたので、つまり今回の参加は2回目となる。

通常、日本人でオステオパシーを勉強している者がSCTFのセミナーに参加することは、現状残念ながらほぼ不可能だ。

実は、5~6年前にハーバード・ミラーD.O.FAAOのセミナーでにも参加させていただいたが、このセミナーも通常なら私は参加など出来るはずがない…。

ミラーD.O.は、数年前に他界されているが、本当にアメリカにおいて頭蓋の分野で有名なD.O.であった。フライマンD.O.FAAOも有名であったが、正直フライマンD.O.をしのぐ人気があったと言われている。

しかし、ミラーD.O.は、フライマンD.O.のようにアメリカ以外のオステオパスには知られていなかった。理由は簡単である。

フライマンD.O.は、アメリカのD.O.以外にも教えて下さっていたが、ミラーD.O.は、アメリカのD.O,とアメリカのオステオパシー大学の学生、そしてMDにしか一切教えることはなかったからだ。(※アメリカ以外のD.O.は受講出来なかった)

しかし、ミラーD.O.のセミナーとなると、一気に50~60人の申し込みが殺到し、すぐに締め切りとなっていたのは事実である。

(※ミラーD.O.と私の繋がりから、一度はミラーD.O.をJOPAが招聘し、セミナーを開催しようと交渉し、ミラー先生も真剣に考えて下さっていたが、最終的に当時のミラーD.O.の健康上の問題で実現出来なかったのは今になっても実に悔やまれる。しかし、もし開催していたら誰もついていくことは出来なかっただろうし、私自身が思いっきり恥をかいていたいたことになる。それを考えれば良かったのか悪かったのか…(笑)。)

 

私宛に、そのミラーD.O.から直接メールが届き「セミナーの参加」を特別に許可して下さったのだ。そのメールは、今も私の宝物の一つとして大切に保管している

そして、そのセミナーにもう一人日本人が参加していた。山本君だ。

山本君はセミナーの主催者から、特別に参加を許可されてセミナーに参加していたのだ。

本来なら、私も山本君も、ミラーD.O.のセミナーに参加することは絶対に不可能であった。

したがって、私は、その時、今度こそ山本君は絶対に来れないだろう思っていたのだ

しかし、彼はセミナー会場にいた。犬猿の仲であるが本当にたいしたヤツだ!

 

私がよく使う言葉だが「願いは叶う」ということだ。

つまり、強く願い毎日行動し続けることだ。そうすると、目に見えない力が働くようになる。

ミラーD.O.のセミナーの参加条件は、当初D.O.(USA)・大学学生(USA)・MDであることとなっていたのだが、私達2人を参加させるために上記の3つの条件に加え、ミラーD.O.に参加を許可された者及び主催者が許可した者という新たな条件を付け加えて下さったのには有難かったし本当に驚いた。

通常なら、ミラーD.O.ぐらいの威厳のあるD.O.となると、自分の価値を下げるような条件などをわざわざ付け足したりしないものだ。

早い話、そんなもので左右されないだけの力量と人気があったということだ。

もし、そのセミナーに参加条件では参加出来ないはずの日本人が20~30名も参加していたらどうだろう…。そのセミナーそのものに価値がなかったともとれるし、元々、人気がないから多くの日本人に価値のあるように見せかけて参加させているということになる。

本当に人気のある講師による価値のあるセミナーというものは、国境を問わず、いつも飾らずにストレートなものだ。

だからこそ、そこに価値があり、他界された後も、私や山本君も感謝の気持ちを持ち続けられるのだ。

 

話が大きくそれてしまったので元に戻そう。

 

そのセミナーだが昨年と内容が少し変わり、更にプレゼン資料もよく改良されていて大変解りやすくなっていたと思う。

サザーランドD.O.が、どの様に考え、どの様にして治療を終えていたのかを改めて勉強することは本当に良いことだ。

やはり、2回目の受講は最初の時と比べて楽だなぁ…と感じたし、頭にも良く入った。

 

本来ならここで終わるはずだったが、実はこのブログはUSAにて書いている。

今日は3日目に授業が終わったところだ。今回のセミナーは3日目から大きく変わった。

問題がどのレベル(この意味はブログでは書けない)にあるのかを見分ける方法やCV-4(日本人の知らない)なども行ったのだ。もちろん、治療なども習うことが出来た。また、フルクラムやバランス点に対するサザーランドの考え方や技術も習うことが出来、これまでの概念に更にプラス出来たことは本当に大きな収穫だったと思う。

本当にStillD.O.やサザーランドD.O.は天才に加え秀才だったと思えてならない。ものすごくリリースが早いのだ。講義の中で、何日間かをかけて「命の息」とはどういうことか?

あるいは、生命にコンタクトするということはどういうことか?実際に講義をされ実習も行った。

形として見えないものではあるが、結果として良く解るものであった。

これからは本当に理解出来たと思えるまで、そういった言葉を言うことも使うこともやめることにする。

もっともっと意味を掘り下げて理解し、「患者さんの身体を診る」という努力をする必要があると心から思っている。そうすれば、これまで難しいと思っていた患者さんに対しても変化を起こせるのではないかと自信が湧いてきた。

StillD.O.やサザーランドD.O.の身体を診る力や教えは本当に素晴らしいものだ。

 

ここからは4日目である。今日も色々な教えを教授していただいたが、その中でも特に感心したのは蝶鱗縫合のリリースだった。理論を理解し、それを出来る技術力があれば、ものすごく早いリリースを得ることが出来る。もちろん、患者さんの苦痛も全くない。

前頭骨や頭頂骨のリリースなども本当に感動を覚えるもので、原理は理解出来ても、これまで見たことも聞いたこともない考え方と技術であった。

 

ここからは最終日5日目である。

主としてTMJに関してである。どういったところに注目し側頭骨の障害によってどの様な症状が現れるか?どの様な靭帯に注目するか?などの講義が行われた後、午後からは、Q&Aとテーブルトレーナーの先生方から参加者に対してトリートメントをしてもらい全てを終了した。

 

昨年に続き大満足であった。

ブログはこの辺で終了させてもらうことにする。

なぜなら、明日の朝6:15amの飛行機に乗りLA経由で成田に向かうからだ。

後5時間後だ…。その間に風呂に入り荷物をまとめようとすると寝る時間はない(寝ては危険だ!)

 

ということは今の時間は…!?

FPR (ファシリテイティッド・ポジショナル・リリース)セミナー 2017.5.4~5.7

フィラデルフィアオステオパシー大学ジョージア校より、ウォルター C. エーレンフォイヒターD.O., FAAO(以下Dr.E)を招聘しFPRセミナーを開催した。参加人数は28名と思っていた通り少人数であったが、本当の目的は人数を集めることではなく別のところにあるのでそんなことは大したことではない。

「思っていた通り少人数であった…」と書いたのは、決して強がりではなく本当に予想はしていた。もちろん、もっと多いほうが運営的には楽なので嬉しいのだが…(笑)

まあ、理由はいくつかある。

  1. いつも国際セミナーに参加するメンバーの多くがJTOC学生(1・2期生 計63名) である。
  2. カウンターストレインとの違いを文章にして説明するのは難しい。
  3. 説明文を読めば、カウンターストレインに圧縮等の圧力をかけるだけでOKと思うはずで…。それなら受ける必要はないと思うだろう。
  4. 今の日本人のオステオパシーというものに対する理解力と考察力の力量。
  5. 経済力の低下。

 

以上が主な理由と思われる。しかし、このFPRセミナーを開催したことで関節の技術が最も得意とするJOPA講師陣は、一気にほぼ修得し、さらに大きく発展できることが可能となった。

確かに理屈では、カウンターストレインに3~5秒(私が習った時は7~9秒だったと思うのだが…?)コンパクションまたはトラクションを加えるのだが、カウンターストレインの角度に対し単純にその1つのコンポーネントを加えるのではない。

それでは短時間でリリースをおこすのは不可能だ。理論上はそうであっても1つのコンポーネントを加えて短時間で目的を達成しようと思えばFPRを行なうための新しい角度取りの概念が必要になるのは、当然気付くべきなのだが、最近はそのことにすら気付かない者が多いことに驚かされる。

私が海外に頻繁に渡航して学んだ時代とは変わってしまったのかもしれない…。

 

まあ、それはそれとして、セミナーの内容だが、結構難しい技術(伝えにくい技術)を受講生に対し、非常に理解しやすく教えていただけたのには本当に驚いた。

知り合った後、アメリカのある先生より、Dr.Eのことを「教え方の上手な腕の良い先生だ」とは聞いていたが、本当に聞いていた通りだった。

Dr.Eは、フィラデルフィア大学で教授を務め、また、JOPAより今年6月から販売を開始する「Foundations of Osteopathic Medicine」 (第3版)の章をいくつか執筆されている腕の良い本当に有名なD.O.でもある。

 

参加者は4日間で脊柱を含む多くの部分をカバーして教えてもらえたことに大満足をし、本当に数秒で脊柱などの可動域を改善できることから大喜びであった。

Dr.Eは近年中に是非もう一度招聘したいと思えるD.O.の一人だ。

おそらく今度招聘する時はMET(筋エネルギーテクニック)になるだろう。なぜならば、彼はMETの創設者から直接習っている方で、テクニックの中では最もMETを得意としているからである。

彼なら、初心者には理解しにくいMETも、昨年招聘した友人のDr.DanD.O.,FAAOと同じく生徒に理解しやすく教授してもらえると思えるからだ。

本当に人間的にもすばらしいD.O.だった。

JTOC1期生「循環器」の授業  2017年4月7日~4月9日

結論から書く。この授業は、とてつもなく予想を超え素晴らしかった。

「発生学」に基づいた教え方で、こんな教え方の出来るオステオパスもいるんだと感心させられた。

講師は、ジョ・ビューケンズ先生だ。1期生と2期生の授業日程が同じ日にあり、かつ守安講師によるJOPAセミナーも同じ日に隣の教室で行われた(しかしJTOCの教室は3つあるので大丈夫!であった)。

レンゾーとビューケンズは同じ様に日本に入国した。レンゾーは役職上当然だが、ビューケンズもJTOC2期生の入学式に出席してくれたのだ。

 

今から書くことは、入学式当日のことである。

書くか書くまいか迷ったが、ブログを楽しんでもらうためにも書くことにした。

 

緊張している入学式直前のことである。

ホテルで、レンゾーよりジョ・ビューケンズを紹介していただいた。

ちなみにジョ・ビューケンズは、私も含めたJTOC事務スタッフの中では「ビューケンズ先生」として通っているので、横文字に極めて弱い私はフルネームで覚えることなく「ビューケンズ」という最低限度の名前だけで覚えていた。

 

レンゾー「アキ、こちらがジョです」

ジョ「はじめまして ジョです」

下村「はじめまして 下村です」

 

…と言ったものの、心の中で「誰やろ ジョって…????」 ひょっとしてレンゾーの友人が神戸にいて、その友人を入学式に連れてきたのかなぁ…?  しかし、それにしても何か変やなぁ…と思い通訳に聞いてみた。

 

下村「菅野ちゃん、あのジョっていう人誰?」

通訳「そんなの私、知ってるはずないじゃないですか〰」

下村「えっ、そうなん 菅野ちゃんやったら知ってるかなぁ〰と思って聞いたんやけど…

ほんならやっぱりレンゾーの友達なんかなぁ〰」

と思いながらも、なんとなく気持がしっくりこないので、JTOCスタッフの中井さんに尋ねた。

下村「中井さん、あのジョっていう人、誰か知ってる〰?」

中井「会長 何言ってるんですか 先生じゃないですか!」

下村「何の先生?」

中井「明日の1期生の講師ですよ!」

下村「だけどそんな名前じゃなかったやんか?」

中井「だからジョ・ビューケンズ先生ですよ」

下村「ゲゲッ! ほんまかいな。そんならもっと早く教えてえなぁ〰」

中井「そんなの当然知ってると思っていましたよ」

下村「あんな、わしは横文字に弱いから最低限度しか覚えんことにしてるんや。それに他の皆もビューケンズ先生って呼んでたやんか。だから、わしもそれで呼ばれんと脳ミソがヒットせんのや」

中井「わかりました。これからは前もって教えることにしますね」

 

…と、いうことで、やっとジョの正体がわかったものの、心の中では「えらいこっちゃ」

ということになり、慌ててレンゾーとジョの所に行って謝った次第である。

 

そういえば、元々予定していた講師は彼ではなかったのだが、レンゾーからメールが1年ぐらい前に届き、ジョの方が講師として良いと思うので入れ替えようということになり、9か月前に講師を入れ替えたのだ。

以前ロンドンでミィーティングをした時には、元々の講師とは会っていたのだが、その時はジョとはまだ面識がなかったため、今回が初顔合わせとなったのである。

まぁ 1期生~3期生ぐらいまでは、何らかのアクシデントが起こるのはどこの新設校でも起こりうることだが、まさかこんなアクシデントがあるとは思っていなかった。

 

しかし、彼の授業は本当に素晴らしかったの一言に尽きる。

そして、さらに驚いたのは、ジョが師と仰いでいる人物がアンソニー・チラD.O(USA)であったことだ。

アンソニー・チラD.Oは、私も師と思っている方で技術力も半端じゃない。

話を聞いていると、ジョもアンソニー・チラD.Oの自宅に招待されている(私も裕美も招待され食事までいただいたことがある)。

 

しかしながら、そこからが圧倒的にジョが羨ましいのだ。

実はジョは、チラD.Oから誕生日に時計を贈られていて、その時計の裏に日付けと名前も彫られているのだ。

話を聞くと何年か前に、チラD.Oが、ジョの講演を聴いていたことがあり、終了後に「君の講演は本当に良かった」と言って褒めてくれ、それからの付き合いだということだった。

アンソニー・チラD.Oのような、アメリカはもちろん、本当に世界的に有名なドクターに認めてもらうのは羨ましい限りである。

それだけに授業の内容も聴いていて「飽きさせず、面白く、役に立ち、効果も実感出来る」授業だった。

テクニックは少なかったが、それにもかかわらず、誰もが授業内容を絶賛し、不満などは1つも出なかった。

2年後には、JTOC2期生も、ジョの素晴らしい授業を実感することだろう。

JTOC授業期間中におけるドイツからの訪問客  2017年4月8日

JTOC1期生・2期生の土曜の授業が終了した時に、ドイツより有名な友人のオステオパスである トルステン・レーム が神戸に遊びにやって来た。

トルステン・レームのことを知らない人のためにここで紹介しておこう。

彼は、ドイツ国内・外に10校以上の学校を持つ学長でありオステオパスだ。

昨年の11月に私は初めて彼の主催するシンポジウムに参加するためベルリンに行ったが、これまでに聞いていた噂通りもの凄い参加者だった。

700~1000名ぐらいの人数が毎年集まるらしい。

カナダやイギリスの時のシンポジウムに集まる人数とはケタ違いだ。

アメリカ以外でこれだけの人が集まるのはトルステンの所だけである。これは誰もが認めている。はっきり言ってダントツだ!

それだけに注目度も高く、トルステンの名前を知らないオステオパスは、ヨーロッパにはまずいない。

それだけに有名になりたいと思っているオステオパスは、あの手・この手でトルステンに近づき取り入ろうとする。そして、シンポジウムのスピーカーとして招待してもらい、講演をして名前を売ろうとするのだ。

ちなみに断わっておくが、私がトルステンがどの様な人物であるかを知ったのは知り合いになった後である!

だから、私は彼に対して前から「トルステン」と呼んでいるし、彼は私に対して「アキ」と呼んでいる。

正直言って、そのような人物だとは初めて会った時は思ってもいなかった。

芸能人でいうと つんく♂のような感じかな…。

 

十分な人脈はあるので、そろそろ来年あたりから、カナダ・ヨーロッパ・アメリカから本当に小児で有名なD.Oを日本に呼ぶつもりだ。

ちなみに、2週間ほど前にも実は私とトルステンは会っているのだ。

どこで…?    アメリカ

なんで…?    AAOのシンポジウムにトルステンがスピーカー(講演者)として招待されており、モーニングレクチャーと分科セッションのクラスを持っていたのだ。

私はトルステンがやるなら一度受けてみようと思い彼のクラスをとったのだが、ぶったまげた。

50~60名入る部屋は満杯で立ち見の人もたくさんいた。

そしてその受講しているメンバーがまた凄い。アメリカの有名なD.OでFAAOのタイトルを持った方が何人も受けていた

通常アメリカのD.Oは医師なので、もの凄いプライドがあり、アメリカ以外のオステオパスのレクチャーなど、まず受けない。

これには本当に驚いた。疑う者もいるかもしれないので、一応念のため写真も最後につけておこう。

トルステンの教えるテーマは確か「上部頚椎の硬膜癒着のリリース」だったと思う(間違っているかもしれない笑)。

 

いずれにしても声をかければ2019年か2020年ぐらいには、日本に来てくれるだろう。

彼は、2年に1回しか大陸をまたがない様に決めているということである。

近い内にJOPA会員に会わせたい人物である(JTOC1期生・2期生には会わせている)。

 

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JTOC入学式       2017年4月6日(木)

201746() 午後300よりJTOC(Japan Traditional Osteopathic College)

2期生の入学式が行われた。

思い起こせば、今から1年半前、入学試験に合格し1年間の基礎医学を終了した者達である。

面構えを見てみるとまだまだ甘い。

とりあえず2期生は、明日から本科授業(歴史・哲学・バイオメカニクス)がスタートするのだが、ここを皮切りに特にこれから4年間をかけて、精神面・技術面とも、しぼり上げていくことになる。

と書くと、このブログを見ている方は、なんときつい、厳しい学校、あるいはなんと怖い学校だ…。と思われるかもしれないので、一言いわせていただく。

JTOCは、私が私財を投じて創設した学校であり、政府からの支援などは一切当てに出来ない。

それはオステオパシーという医療体系が残念ながら、まだ、この日本という国家の中では法的に認められていないからである。

だからといって私はいっこうに卑下したり、卑屈になったりするようなことはない。

それどころかますます意気軒昂だ。

入学をしてくれた生徒に対し、民間だからといって形式だけの甘い試験を行い、形だけの進級や卒業をさせることが、私を信じて入学してくれた生徒に対する愛情や感謝の気持ち、あるいは期待に応えることになるだろうか…と考えた時、私は決してそうではないと思う。

生徒の多くは、私のセミナーで見せるガチンコのデモンストレーションや、私を支えてくれているJOPA講師の技術力を見てこのような「職人」になりたいと思ってくれ、そうなるにはJTOCで勉強しようと決心してくれたのだと思っている。

また、その他の生徒でJOPAのセミナーに一度も参加したことのない者であっても、JTOCH.Pやパンフレットを見てくれたことにより、信頼してくれたのではないかと考えている。

ならば、私は、その期待に応えるために講師として世界中から選りすぐりのオステオパスを集めただけの意味と結果を生徒に照明する必要があるのだ。

そのためには、人生の中でのたった4年間だけ耐えてほしいと思うのだ。

今の若い方は「田中角栄」という名前を知っているかどうかわからないが、学歴のない中で日本の総理大臣にまで登りつめた人だ。

 私の尊敬する人物の一人でもあるのだが、これから書く言葉は、そのお母さんが角栄に対して言った言葉である。

「世の中には働いてから休む人と、休んでから働く人いるが、お前は働いてから休む人になりなさい」

角栄は、母の言いつけを人生を通して守り、総理大臣にまで登りつめた。

この言葉を借りて私の言い方でいうならば、「人生においては、笑って生活が出来る時期と苦しんで生活をする時期がある。若い時に楽をし、晩年に苦しむのではなく、若い時に苦しみを乗り越え、晩年を楽に生活が出来るような人生を送っていただきたい。」ということだ。

患者さんに対する本当のいたわりや優しさというものは、見せかけの言葉かけではなく、技術者(職人)としての自信と強さからのみ生まれるものである。

JTOC1期生は、本科(専門課程)2年次が終わり、本当にたくましく強くなってきた。

1年次から2年次に進級する時に本当に危なかった者も何名かはいたが、2年次になってからはその者達も見違えるように上達しはじめ、その者たちが1発で2年次の進級テストに合格したのには私も驚いた。

もちろん、お情けで試験に合格などは誰一人させていない。

もし、再試験に落ちれば留年して力がつくまで頑張ってもらうか、あるいは退学してもらいJOPAセミナーで頑張ってもらうかになる。

そういったことから、私は、運営(経営)をするために、力のないまま進級 卒業させようとはまったく思っていない。

2期生諸君!不安になり体力的にも辛く泣きたくなることもあるだろう。けどね、その分だけその苦しんだ分だけ卒業式ではうれし涙に変えてあげるよ。

そして、その後のオステオパスとしての人生を「自信と責任と誇り」を持って楽しみながら人生を送れるようにしてあげるよ。

 

JTOC2期生  入学おめでとう!

そして頑張れ。

 

We are No.1!」

 

福岡セミナーからそのままアメリカ(AAO)に  2017.3.19~2017.3.28

今回のブログは少々気の長い文になる。というのも「オステオパシーの世界へ」&「膜の概念・頭蓋と身体の繋がり1」セミナー(福岡)を終了後、神戸に帰らずそのまま羽田に飛び、そこからアメリカに向かったのだ…。

 

時は2017年3月19日(日)朝の9:30~イレギュラーな形でセミナーを開始する。会場は「福岡医療専門学校」の教室を初めてお借りして開催することになった。

いつも通り参加者の中から無作為で患者モデルを選びガチンコで治療を行うところから始まる。もうこのスタイルでセミナーを始めて何年になるだろうか…? おそらく10年以上かな…。

治療はうまくいき、近い内にH.Pのデモビデオに福岡のもUPすると思っていたら…ゲゲッ!最近セミナーで撮った沖縄や広島のデモビデオが全部消されているではないか…。

確認してみると、JOPA理事(PT)の判断で消したらしい。理由はこういうことだ。

「あまりにも治療の方法が奇抜すぎていて、初めてのPTが見たら、まったく理解できない上にあやしい…。気功を使っている…。やらせだ…。という様にほとんどの者が思うに決まっているから一旦消しました」ということだった。まぁ 仕方ないか…。

PTの考えはよくわからないが、そういう考え方をするのなら仕方のないことだ。

 

セミナーは順調に進み、2日目の昼休みに何人かで近くのラーメン屋に行き、ラーメンと餃子を食べて帰ってくるとなんたることだー!

白のズボンにラー油が付いているではないか…。大変や。このズボンをはき替えずにアメリカに旅立つ予定なのに…。と思っていたら、ラッキーなことに受講生の中に吉村さんというとっても優しい女性がいて、その方が洗剤などを一緒に買いに行ってくれて「ポンポンポン」と汚れをタオルで挟んでたたき落としてくださったのだ。

なんという優しい女性! まさしく日本女性の鏡である! おかげで汚れも落ち、気にすることなく出発ができる~。

 

セミナーは3:00pmに終了し、トレーナーの菊池君が車で福岡空港に送ってくれた。

そしてそこから羽田国際空港へ。

深夜便で羽田からサンフランシスコに向けて飛び立ち、そこからアメリカの国内線に乗り換えてダラスへ。その日はダラス泊。

翌朝にダラスから最終目的地であるコロラドスプリングスに向け飛び立ちAAO(American Academy of Osteopathy)に参加する。

 

AAOの開始は23日の朝からだが、私は21日にコロラド入りして、その日の夜からスケジュールをこなしていくことになる。

言っておくが、1年の内でこのAAOに参加する時が一番きつい。

時差ボケがある中で、スケジュールが超タイトであるからだ。ちなみに、朝の8時からモーニングレクチャーがあり、昼からは分科セッションがある。そして、ランチタイムとディナーの時は必ず誰かと会ってミィーティングをしているのだ。

誰と会って、どの様な話をしたのかは一切書くことは出来ないが、今後JOPAもJTOCもおもしろい展開になることだけは確かなようだ。

 

そして、今回のAAOは、リンパについて多くのスピーカーが語っていたが、その中で印象に残ることを言った方がいる。

内容は、これからは「リンパが注目されるようになるでしょう…。」ということだった。

私もそう思う。なぜなら「その効果は劇的で早い」からだ…。

 

さて、Evening Stars (夜の9時~11時)だが、今年は10時過ぎに行った。

Evening Stars を知らない人のために少しだけ説明すると、この時間帯にアメリカで有名なD.O.達が、参加者達に治療をしながら説明してくれるのだ。だから結構人気が高くて多くの人が集まってくる。

私はこれが目的ではなく、日本を出発する時にAAOで会った時に治療をすると約束していた人がいたのだ。

JTOCで病理学を教えてくれているネハD.O.(USA)だ。彼女については少し前のブログにも書いた。

日本で治療した後、その後も長い間ずっと痛みはなかったのに、5日程前より急に痛くなり始めたとのことであった。

無事治療もうまくいき、痛みも完全に消退したので帰ろうとしていた時に、允君(JOPA会員でUSAのバージニア オステオパシー大学を卒業したD.O.)に呼び止められ友人の治療を頼まれる。

 

なんとその友人は、フィリピン出身のD.O.で、今は空軍の軍医をやっているそうだ。

そして彼は、北京オリンピックにフィリピンの水泳の選手としてバタフライで出場したらしい。

その彼に何が問題なのかを聞いてみると、背部痛があり消えないらしい。で、診てみたら

左第1肋骨と左右の第4肋骨、左の第5肋骨頭が前方にくい込んでいる。

経験上これを治せば痛みは消失するはずであると思い、すべての肋骨を正常な位置に矯正してやると案の定痛みは消退し、どの様に動かしても痛みはなくなった。で、部屋に帰ろうとしたら、今度は横で見ていた女性(名前は知らない)に腰痛の治療を頼まれた。

その彼女は、昨年も私に治療をしてもらったと言っていたが、昨年は8人ぐらいの治療をしたこともあり、私はまったく覚えていない。

彼女は別に難しくも珍しくもなく、右腸骨の前方回転と右第12肋骨を治して終了した。

後、もう一人男性に対してもしたが、書くほどのことではない。

その時に撮った写真が下記の写真である。

 

24日の夜はKCOM(カークスビル)の卒業生のパーティーに招待してもらっていたので、あつかましく参加する。昨年も招待され参加していたことや、アメリカにはよく言っているので顔見知りも多く、すぐに打ち解けて仲良くワイワイと楽しませて頂いた。

25日の夕方からは、AAOのパーティーが開かれる。今年は私の友人でJTOCの講師でもあるダン・ウィリアムズD.O.がFAAOのタイトルを取得し、ひな壇の上でFAAOのメダルをかけてもらった。ちなみに、FAAOは最高のタイトルである。ダン君おめでとう!その時の写真も最後に掲載するのでご覧ください。

 

そんなこんなで超ハードなスケジュールも終わりを迎え、最後に食事をしたのは、パーカッションハンマーを教えているコスD.O.と奥さんのモニカD.O.だ。

モニカD.O.はとても楽しい女性だ。

裕美がモニカさんのデニムのジャケットを見て「素敵ですね!」と言うと、モニカさんは何のためらいもなく「あげるわよ!」と言って本当に裕美に渡したのだ。

これには笑ってしまった。部屋に入ってわかったことだが、そのジャケットのポケットには1Sentコインが入っていたので、ついでにもらっておいた(笑)。

 

27日の早朝(4:00am)にホテルをチェックアウトして帰国の途についた。

 

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JOPA会員 藤岡君からの手紙  2017.3.6

広島セミナーから帰った翌日、事務局に顔を出すと、一通の手紙が届いていた。

藤岡君からだった。「何かあったのか?」と一瞬不安のようなものが胸中をよぎったが、開封して手紙を読んでいく内に、私の眼から熱い涙があふれるように出てくるのを止めることが出来なくなった。

 

常にトップは孤独なものだ…。

協会の規模も日本一となり、学校も日本で一番成功しているし、その他の事業展開も今のところ成功している。

そのトップともなれば、一般の方は「さぞ幸せだろう」と思うかもしれない…。が、実際は逆だ。

トップになれば、もちろん、喜びや楽しみも多いことは確かだが、逆にそのプレッシャーというものは凄まじいものがある。

 

誤解を招かないためにも説明しておくが、先程「実際は逆だ」と書いたが「不幸だ」という単純な意味ではない。

物質的にはいくら恵まれたとしても、精神的なプレッシャーが次々と襲いかかってくれば「幸せかどうかわからなくなる」ということだ。

 

どの様な世界でも、組織が大きくなれば「いわれなき誹謗中傷」や「裏切り」は、ある意味、自然の流れなのかもしれない…。が、そういうことを考えていると「幸せ」というのは「物質面」だけでなく、その人の思考やそれまでの生きてきた過程によって異なるものだと思う。

 

そういった想いを日々感じながら、藤岡君から届いた手紙を読んだ時に思わず涙が出てしまったのだ…。

「感謝」の想いが十分に伝わってくる。それは、今の私にとってはとても有難いものであったのだ。

 

藤岡君はまったく眼が見えない中、総合評価テストに合格するまで、同じセミナーを何回も何回も受講してくれたのを覚えている。本当にこれまでよく頑張ったと思う。

今回、藤岡君の了解を得て、いろんな想いを伝えるためにもブログにアップさせていただいた。

ぜひ藤岡君の手紙を読み、私が何を伝え・感じとってもらいたいか、考えていただきたい。

ちなみに、このブログを読まれている(視覚障害の方も含め)方に、ご理解していただくとともにお断りしておかなければならないことがある。

藤岡君に関しては、当初、初めてのケースであったので、例外としてJOPAでは受け入れたが、現在はJOPAJTOCとも大変申し訳なく思うが、健常者以外受け入れはしていない。それなりに、やはり教えるのは大変なのだ。

 

こういった決定をしていることに、非難されるかもしれないが、どうかご理解いただけると有難い。

 

藤岡先生からの手紙

JTOC本科2年次最後の授業  2017.3.12

310~12日の3日間でJTOC本科2次最後の授業を行う。

 内容は「胸郭臓器」で、講師はトワイニングD.O.である。

臓器を包み繋いでいる膜や靱帯の解剖学的説明から始まり触診そしてテクニックへと進んでいく。

テキストも非常によく出来ており重要なことはすべて記されていた。

したがって生徒の評判も非常によかった。

そして内容だが、胸郭の血管やリンパ等も含む非常にクオリティーの高い内容となっており、明日からの実践にすぐ使えるものであった。

講師の性格も穏やかで、生徒の質問にもいやな顔をせず、またウソを言ってごまかすということもなく、質問に対してわからないことがあれば「調べた上で後日返事する」といったような正直な先生であった。

私はこういった講師は信頼出来る。

通常なら、わからない質問に対しては答えをはぐらかすのが普通だ。

しかし、自分の立場を理解し、プライドをすて正直になれる講師はなかなかいるものではない。

この講師を採用してよかったと思えた瞬間であった。

また、こちらが提供する食事に対しても、好き嫌いをいわれることもなく、本当に傍にいて疲れない講師であった。

このような講師であるから、もちろん教え方も上手で、生徒も大満足の評価をしていたのも当然うなずける。

 またの再会が楽しみな一人である。