下村彰慶 オステオパシー人生のブログ|日本オステオパシープロフェッショナル協会

治療ブログ

<症例1>

氏名 高橋 直也様   年齢 32歳  愛媛県在住   職業:理学療法士

♢ 症状  1年程前より左右の腕~手関節が痛い。間歇的に左腰~左足関節に痛みが出る。

♢ 既往症

幼少期:木の柱に頭が挟まり宙吊りとなる。

10歳頃:階段の手すりをランドセルを背負って体を滑らせて降りようとして、滑り降りながら前方に一回転して背中より下り階段に落る。

中~高校生:何回も両足首の捻挫を繰り返す。

16歳:自転車に乗っていて左から来た車と衝突。

27歳:スノーボードで胸を強打。

♢ 治療  脳の神経核のみ。

 

下記に高橋君の感想文もアップしています。併せて見て下さい。。

 

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下村会長の治療を受けて

理学療法士 高橋 直也

オステオパシーと出会う前は、自分は健康である、どこも悪いところはないと自信を持っていました。しかし、オステオパシーと出会い、勉強し触れていくにつれて、自分は健康ではないのではないかと思うようになりました。よく自分の身体に目を向けてみると、頭痛、両手足、背中、胸と全身に痛みがあることに気づきました。そこで、下村会長の治療を受けてみようと思いました。

治療開始直後、すぐ自分の異変に気が付きました。自分の頭が内側に向かって引き込まれているような感覚を覚えました。また、その中心がとても硬く、例えるなら接着剤でくっつけられているようでした。治療が始まり数十分が経った頃、ゆっくりですが動くのを感じました。リリースするごとに、硬くなった繊維がほどけていき、なにかが頭の中から抜けていくような印象を受けました。最終的には動きも軽くなったように思えました。

治療台から降りてみると、霧が晴れたかのように頭がスッキリしており、頭痛も無くなっていました。腰や胸、両手足の痛みも消失しており、自分の身体はこんなにも軽いものだったのかと驚きました。この状態をできるだけ維持したいと思い、下村会長に何か予防策はないか尋ねてみたところ、電磁波を出すものを出来るだけ触らないようにとのことでした。難しいことだとは思いますが気を付けていきます。

下村会長には治療だけではなく、オステオパシーという素晴らしい哲学に引き合わせていただき、心から感謝しております。今後、私も患者さんに提供できるよう頑張っていきます。本当にありがとうございました。

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<症例2>

今回も顔面神経麻痺の症例を載せることにした。

前回のブログに2月に3人来院された内の1人である。本人の了解を得ているので実名と

写真を載せる。

氏名 町元 聖雅様   年齢 24歳   宮崎県在住    職業:理学療法士

町元君は宮崎県のJOPA会員である野川君の紹介で来院する。またJTOCの3期生でもある。

♢ 症状  右前額部にシワが出来ない。右口角の引き寄せが出来ない。

♢ 既往症 7・8歳の頃に鉄パイプが右頭頂部に落下。

♢ 治療

初診時にクラニアルと右赤核他いくつかの神経核、頭蓋反射、光の呼吸などの治療により直後から額面に少しシワが出来るようになる。2日目の治療は右終板、右第7肋骨矯正、そして解剖学用語に名称がない所なので、これは私が勝手に自分でわかるように名付けているのだが脊髄分岐部のリリース、これにより「宮崎に帰った後かなりよくなり、本人はあと放っておいても治ると思った」らしく、本当に来院してこなかった。そこで私は気になったので、紹介者の野川君に連絡し、町元君の症状を尋ねると、上記の様に聞いたのだ。それで私は、野川君に「最低でも、あと1回は治療が必要だ」と伝えてほしいと言うと、2か月少々空白があった後来院する。

3回目の治療に日帰りで来た本人に考えの甘さをこんこんと説教した。そして診てみると確かに一見殆んどよくなっているのだが、脳の中の神経核がかなり硬くなっており、治しそこねるところだったと伝えた。治療は2か所の神経核と心臓の一部のみ。しかし、このたった3か所に1時間もかかった。通常なら20分ぐらいで終わるのに…。

初診時から最終終了するまでの変化を見ていただきたい。これもオステオパシーのマニピュレーションの結果である。

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<2月2日治療前 初診>

右側は患側なので右前額面にシワがよらない

2月2日治療前① (800x600)

 

<2月2日治療前 初診>

左側は健側なので口角は持ち上がる

2月2日治療前② (800x600)

 

<2月2日治療前 初診>

右側の患側に口角を引き上げようとしても、左側のようには引き上げられない

2月2日治療前➂ (800x600)

 

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<2月3日治療後 2回目>

左顔面は元々健側なので当然異常なく正常に動く

2月3日治療後➃ (800x600)

 

<2月3日治療後 2回目>

口角が右側に引き上げられるようになっている

2月3日治療後⑤ (800x600)

 

<2月3日治療後 2回目>

初診翌日の治療後、右前額面にうっすらとシワができる

2月3日治療後⑥ (800x600)

 

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<4月2日治療前 3回目>

前回の治療から約2か月間空いている。左前額面にかなりシワができるようになっているが、右側の前額面のシワが少し斜めになっている

4月2日治療前⑦ (800x600)

 

<4月2日治療前 3回目>

口角が右側にもほぼ正常に引き上げられる

4月2日治療前⑧ (800x600)

 

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<4月2日治療後 3回目>

3回目の治療前と比べて治療後は右前額面のシワも水平になる

4月2日治療後⑨ (800x600)

 

<4月2日治療後 3回目>

右口角の引き上げ動作はまったく問題なし

4月2日治療後⑩ (800x600)

 

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下記に町元君の感想文もアップしています。併せて見て下さい。

 

右顔面神経麻痺を発症し治療を受けて

町元 聖雅

 1月15日お昼を食べ終えた後、いつものように歯を磨いてうがいをしようとすると、口から水が溢れ出て自分の異変に気付きました。自分でどう頑張っても右顔面半分に力が入らなくなったのです。私は病院勤務の為、院長に相談すると中枢性だと大変なので脳神経外科でとりあえず診てもらえという事で脳神経外科を受診し、MRIを撮っていただきました。結果は何も問題なく恐らく末梢性のものだろうという事で薬を処方され様子をみるようにとの事でした。それから薬を内服し始めて何日かすれば良くなるだろうと考えていた私でしたが思うように良くならずご飯も食べにくい、飲み物も飲みにくいという状態が2週間続き自分の中でも不安と苛立ちが日に日に積もっていきこれはどうにか他の手段を考えないと取り返しのつかない事になるのではないかと思い始めました。そこで考えて出した結果がFirstを受診し下村会長に頼る事でした。昨年からJOPAのセミナーに参加させていただいており、下村会長の凄さは知っていました。しかし、宮崎県在住の私からは時間とお金が掛かりますし何日かすれば良くなると考えていたので当初はFirstを受診するまでは考えていませんでしたがこうなった今、自分の知る中で頼れるのは下村会長しかいませんでした。

そこで2月2.3日で受診し治療を受けさせて頂きました。治療室に下村会長が入ってこられ、症状を説明すると「俺なら大丈夫や!治したる!」と即答で言っていただきその言葉にまずかなり救われ不安が一気になくなりました。実際に施術が始まってからは何かは分かりませんが体からどんどん抜けていく感じがあり、なんとなくではありますが何か硬いものが緩んでいるような感覚も感じる事が出来ました。そして特に口の方は治療途中から徐々に動くようになっていくのを実感できました。

治療が終わり、晩御飯を食べようと一口目を運んだ時に「あれ?」その前まで右の唇に当り食べにくかったのがスッと口の中に入り凄く食べやすくなっていました。額の方は少しの変化はありましたが、まだ動き的にはあまり出てない状態で治療は終わりました。口だけでもかなりの変化がでていたので自分の中でもかなり不安がなくなったのを覚えています。そして、帰りに下村会長から「帰ってからも徐々に良くなっていくから」と言われ少しはまだ良くなるのだろう程度で考えていました。ところが少しどころか帰ったその日から額の方も1日1日良くなっていき2月の終わりにはパッと見る限りではほとんど分からないほどまでに回復しました。

そして4月2日にもう一度受診させていただきこの時の状態としてはだいぶ回復していましたがまだ額に皺を寄せると右の方が完全によりきらず皺が斜めになっていました.しかし治療後はそれもまっすぐになりほぼ完治の状態までいきました。それまでほとんど変化のなかった顔が下村会長に治療していただいたその日から除々に回復の過程を辿っていき改めて下村会長の凄さ、オステオパシーの凄さを肌で実感する事ができ、宮崎から治療を受けに行って本当に良かったです.

私はJTOCの3期生として入学する予定なのですが今回、自らが治療を受け、その治療に救われたた事により、さらにJTOCに挑戦した事は間違いなかったと確信したと同時に死にもの狂いでこれからやっていく覚悟ができました。この絶大な治療効果を体感した感動はなんと言い表したらいいか分かりませんが、ただただ自分もこのように絶大な効果を出し患者を喜ばせたい、大切な人を自分の手で救いたいという気持ちが今まで以上に大きくなり、確かなものとなりました。

私を救ってくれた事、そして何よりもオステオパシーの可能性、マニピュレーションの可能性を肌で感じさせていただきありがとうございました。これから過酷な道なのはわかっていますがしっかりとした強い気持ちを持ち、オステオパシーの可能性を今度は自分が患者や大切な人に感じてもらえる様、努力していきます。

これからもご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。この度は本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

AAOに参加(ダラス)  2018.3.19~3.28

3月17日(土)と18日(日)の2日間で開催された「オステオパシーの世界へ」&「膜の概念:頭蓋と身体の繋がりⅠ」セミナー終了後、ダラスで開催されるAAOに参加するため荷物を急いでまとめ食事を済ませ入浴をした後、明石の自宅へ帰る。仮眠をとった後5:30amタクシーで伊丹空港に向けて出発!

今回は私と裕美と純也の3人での参加になる。

 

成田からダラスにはJALの直行便を使った。

 

約11時間の空の旅。ダラスに着いたのは午前10時頃である。

そこからタクシーで約15分、会場であるホテルに到着!

その日の夕食は友人のダン君と6:00pmに約束しているので、それまで部屋でくつろぐことにした。予定通りダン君との夕食を楽しみ、その日は早く休むことにした

 

20日の午後からはDO-Touch Netに参加する。すでにメンバーにはなっている。

ここの会長はJTOC講師であるデーガンハートD.Oだ。当日参加していると休憩中に2人のD.O(USA)が話しかけてきた。1人はかなり日本語が流暢である。何でも30年日本に住んでいたそうだ。どうりで…。

 

21日も早から同じく参加する。

22日~24日までAAOのモーニングレクチャーと午後からは分科セッションだ。

 

今年の内容は可もなく不可もなくだったが、スタイルズD.Oの分科セッションはよかった。METの内容だったのだが、講義の途中で上部肋骨の矯正で「なぜ腕を頭の上にもっていったか皆さんはその理由を知っていますか?」と聞かれた。

全員がシーンとしている中、スタイルズD.Oの答えは意外なものであった。

 

そして土曜の夜はバンクェットである。

私達はフィーリーD.Oのテーブルに招待していただいた。最前列の席であるのは本当に有難いのだが抜け出すことが出来ない…(笑)

昨年は友人のダン君がFAAOのタイトルをとったが、今年はDr. BerkowitzがFAAOをとった。友人がこうして出世していくのを見ると大変嬉しい…。

 

同じテーブルにジョン・ジョーンズD.Oが座られていたので挨拶をした。私が元JOA会員の時にMETを教えに来られていたので顔はよく存じ上げている。

ジョーンズD.Oは日本の情勢をよくご存じなので、数年前にも2人並んだ写真を撮らせていただいたのだが、その時に「写真はアップしないでほしい」と言われたので、その意味と先生の気持ちを汲み取りアップすることはしていない。

つまり〝JOFとの付き合いがあるので誤解を招いたりすることがないよう…に“ということである。

本当に紳士的なD.Oであると思う。

今回この写真をアップしたのは2人ではなく、全体写真であるから誤解を受けることはないだろうという私の判断からである。

 

 

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もし、JOFの役員の方がこのブログを見ておられるかもしれないので、念のために申し上げておくが、パーティーの間においてもセミナーに招致するような声かけは一切していないので心配しないでほしい。相手から攻撃をされない限り私はそのようなことはしないので信用していただいて結構である。人として最低限のルールはわきまえているつもりだ。

 

それよりも今回のAAO期間中困ったことがあった。私が名前もわからず顔もまったく覚えのない方から「こんにちは…」と言って話しかけられた方が2名いる。相手は日本人だから目立つので覚えているかもしれないが、私としては、横文字が苦手なので覚えていないことが多い…。

相手のD.Oから「こんにちは」に続いて出てくる言葉は「私のこと覚えていますか?わかりますか?」だ。

で、どのようにして乗り切るかだが、以下のようにして乗り切るのだ。

こんな時こそ英語が出来なくてよかったと思う(つまり通訳を通すことで時間が稼げて対策を立てられるということ 笑)

 

通訳の方に対し

下村「あのな、僕はまったく相手のこと覚えてないねん。だから、そこのところを頭に入れた上で、相手の名前と僕とどこで会ったかをうまく聞いて…」と日本語で頼むのだ。

有難いことに相手のD.Oは日本語がわからないので私達が何を話しているのかはわからない。(笑)

通訳「下村は貴方のことを覚えていると言ってるんですが、私が背景がわからないのでうまく通訳しづらいかもしれません。すみませんが私にお名前と、どういったことをされていて、下村と何処で会ったのか等、少しだけでいいですから簡単に教えていただけませんか?」

と言って聞き出しもらうのだ。実に頭の切れる通訳だ(笑)。

そういった形でピンチをすべて乗り切り無事AAOを終えることが出来た。

 

そして最終日の午後JOPAと業務提携しているコンラッド・スピースD.O一家の自宅とクリニック及び奥様が運営しているガーデニングの会社に行かせてもらった。

まぁ ビックリした! ハリウッドスターのような大豪邸に引っ越していて、クリニックもでかい。そして、その隣にひっついて奥様の会社もある。コンラッドD.Oの自宅は4エーカ(東京ドーム約3分の1らしい)あるという。まさにアメリカンドリームといった感じだ。

 

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そして、次の日いよいよ帰国する日だが、ダラスの空港で出発が5時間遅れ、成田に着いたのが27日の8:30pm。

この時間では東京に行っても飛行機・新幹線とも最終に間に合わない。ということでJAL が手配してくれた品川プリンスに一泊して、28日の昼、神戸にやっと到着した次第である。つかれた~!

 

おしまい。

 

症例報告第2弾          2018.3.7

女性 55歳

この患者さんは(妻の友人でもある)ご本人の了解を得ているので写真を記すが住所に関することは伏せる。

職業  シャンソン歌手

診断名 右顔面神経麻痺

症状  額のしわが出来ない、口角が左に引っ張られ左には動くが右にはうまく動かない、うまく喋れない。

 

発症して病院で治療を受けるがまったく改善しないため比較的早い段階で来院される。

来院される前に妻の裕美を通じて「治りますか?」と質問してこられたので「あたり前や、よっぽど何か治せない問題がない限り元に戻るわい!」と言っておいた。

 

思うに2月はなぜか顔面神経麻痺の患者さんがよく来院された。この方で今月に入って3人目だ。1人は宮崎、1人は大阪、そして今回だ…。この仕事をしていてよく思うのは、なぜかかたまる…。ということだ。

つまり新患の予約がよく入るなぁ…と思うと、めちゃくちゃ立て続けに入ってくる。

 

そして特定の病名で久しぶりに予約が入ったなぁ…と思うと同じ病名の新患が続けて入るといったような具合だ。不思議だ…?

まぁ それはさておき、顔面神経麻痺のオステオパシー治療は、通常そんなに難しくはない。

 

宮崎から来院された方も(今思い出したがJTOCの3期生で入学する町元君だ)かなり動くようになり、その後、まったく来院されないので紹介してくれたJOPA会員で宮崎地区リーダーの野川君にTELすると、治療後から、かなり回復し本人も「あと1回受診したら完全によくなると思う」と言っているそうだ。

 

大阪の方も1回でほぼ完全に元どおりになり、健側と比べてもわからないぐらいになる。

 

今回の患者さんも、1回の治療直後より、額にシワが少しできるようになり口角も患側に動かせるようになる。

3回目の治療に来られた時は、ご本人も凄く喜んで感謝して下さったように、ほぼ健側と比較してもわからないようにまで回復していた。

ただ職業がシャンソン歌手なので、同じく軍歌歌手として(笑)生活している私としては完璧に歌えるようになりたい気持ちはよくわかる。

 

主たる治療は、顔面神経のストレッチなどではない。多くの方は、顔面神経の麻痺だから顔面神経を何らかの形で治療すると考えるかもしれない…。

しかし、それではスイッチマンと大差はない。もちろん、まったく触れないという訳ではないが、触れるのはほんの少々だ。肝心なことは、何が原因で顔面神経が麻痺しているのか?ということである。

 

この方の場合は、灰白隆起と中脳の神経核とクラニアルのテクニックを行った後、これよりももっと大きな劇的な変化をもたらしたのは、舌下神経核のリリースだ。つまり顔面神経の働きを最も強く押さえつけていた原因が舌下神経核であったということだ。

いずれにしても、よく解剖生理学を勉強しオステオパシーの哲学で理解さえすればそんなに難しいことではない。

 

<2月15日治療前>

2月15日治療前①

2月15日治療前②

 

<2月15日治療後>

2月15日治療後②

2月15日治療後①

 

 

<3月5日治療後>

3月5日治療後①

3月5日治療後②

 

久しぶりに症例報告をしよう!   2018.3.2

症例1:大阪市在住 男性 46歳

◇症状

仮死状態で出産

両下腿部腓腹筋痙攣がよく起こる。起床時に右踵部に痛みがあり歩けない。右肩の張り感、腰部の違和感、突然の腰痛、集中力がなく記憶力と理解力が低下している。右眼が引っ張られたような感じになり右肩を動かせない。

 

◇既往症

19歳 第3腰椎骨腫瘍(腸骨を切除し移植する手術も合わせて行う)手術 (*下記写真もご参照ください)

22歳 近位の腰椎に転移したために手術

左膝蓋骨脱臼により手術

尾骨の脱臼

初診時において初めて手術痕などを見た時に、正直な感想として良くなるとは思わなかった。というか思えなかった。しかし、予想に反して非常に良い反応を示し、初診時より素晴らしい結果を出せている。

月に1回のペースで治療をしているが、半年を経過した現在も痛みはほとんど出ていない。

 

◇治療

頭蓋反射テクニックとACE(電磁波吸収チップ)を使って神経核にアプローチすることを主体として行う。

 

手術痕

         手術痕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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症例2:神奈川県在住 男性 27歳 職業:テニスコーチ

 

◇症病名 突発性過眠症

 

◇主訴 6年前頃より眠気が強く、テニスのラリー中であっても瞬間に意識を失い、気がついたらボールが後ろに行っていたという様なことが度々ある。

 

◇既往症

1歳 滑り台から落ち顔面打撲

20歳 両眼をレーシック手術

21歳 十二指腸潰瘍

 

4~5年前より、こういった症状が今後増えてくるとセミナーでよく言っていた。覚えておられる方もいるだろう。私の思うところでは、この原因はPM0.1だ…!

電気量販店でもほとんどの空気清浄機がPM0.1対応となっている。PM2.5が最小粒子なら25分の1のPM0.1対応の空気清浄機など作るはずがない。

メーカーはちゃんと知っているのだ。

PM2.5は肺で止まるが、PM0.1は血管の壁を通過してしまう。よって臓器や神経核などに血液とともに運ばれ、そこで放出されてしまうと一気にそこの機能がダウンしてしまうのだ。そこに癒着を起こし体内で作られる静電気がそこに帯電されてしまい次々と問題を引き起こしていると考えている。こういったことが体内で起きているのだ。

症状としては、皮膚の湿疹やどす黒い変色、皮膚の肥厚化、関節の硬化、なかなか止まらない咳、呼吸困難、眠気、食欲不振、関節の痛み、頻脈、徐脈、不整脈、発熱、嘔吐、頭痛、眼の痒み、腰痛やその他関節の痛みや機能障害などがあると考えている。

 

◇治療

この方の場合、中脳と心臓弁を治療することで急激に症状は改善した。

3回目に来院された時には、もう症状は消失しており元通り仕事が普通に出来るようになっていた。

 

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症例3:神戸市在住  男性  29歳

 

◇症状

右顔面神経痙攣&知覚鈍麻、右肩甲部の下垂、右第4・5指の痺れ、右肩甲間部の違和感、右股関節の違和感、右アキレス腱の違和感。

 

◇治療

頭蓋反射テクニック、脳の神経核に対してACEを使って電磁波を除去する。初診の治療後かなりの改善をみる。

治療は1回で終了する。

 

 

親父の3回忌を終えて       2018.2.1

ここしばらくは、あまりにも忙しくブログを書く時間がなかった。

1月31日(水)9:00pmから始まる講師会、理事会等の業務をこなし、久しぶりに明石の自宅に帰ったのが2月1日の1:30am…。

 

ほとんど自宅には帰らないため旅館のような気がする。

帰った理由は裕美と裕美のご両親を車に乗せて、2年前に他界した父の3回忌法要のため実家に帰るためである。

 

7:15amに自宅を出発、8:30amには実家に到着するはずであった…のだが、加古川バイパス辺りから車が渋滞し始めトロトロ運転…。なんじゃこりゃ。わしの性格には合わん!といってもどうしようもない。

 

で、到着したのが9:15amとなった。

 

そこから墓参りをし、自宅にいると、正月に三輪車やお人形を買って手懐けたはずの「湖音」が貴彦に抱かれてやって来る。

 

わし「おっ、湖音ちゃん ジィジィやで~」と言って抱っこしようとすると、

湖音「ビエ~ン△※∮□…!」

 

くそ~ 湖音のやつ(三輪車を)乗り逃げする気やな~と思っていたら貴彦が…、

 

貴彦「湖音 ジィジィやで、この前三輪車やお人形を買ってもらったやろ」

わし「ほんまや 湖音、よく思い出しなさい」

と言うと、湖音の鳴き声がピタリと止まる。ここの心理分析をすると、おそらくこうだ。

湖音(おっと そうやった。このジィジィに三輪車やお人形を買ってもらったんやった。

そやそや、このジィジィは私の味方につけとかなあかん人やった。

私としたことが、とんでもない間違いをし、損をするところやった…)

 

これ以外にピタッと泣き止んだ理由がみつからない…。

 

そうこうするうちに、お坊さんが来られ有難いお経が始まる…。

約2時間、ほんまに有難いお経で足が痺れてしまった。

そして、仕出し屋の送迎バスに乗り、全員で食事に行く。

金額と料理の内容をみると、都会でこんな内容だったら、まずやっていけんやろと思うが、そこは田舎の良いところでもあり悪いところでもある。

 

つまり、まぁまぁ…。なぁなぁ…の世界で回っているのだ(笑)。

 

食事後、実家に戻って、そろそろ神戸に帰ろうとするとお袋が…やはりまた一人になるのが寂しいのだ。悲しそうに涙ぐんでる。

でも、帰らねばと思い、振り切って帰ろうとすると、そこは母にとっていつまでたっても私は子どもに見えるのだろう。

 

いっぱいの野菜などを袋や箱に詰め、車に乗せようとする。

以前、カニをトランクに無理やり入れられ、車が何か月もカニ臭くなった記憶がよみがえる…。

 

わし「母ちゃん、そんなようさんネギを入れると車がネギ臭くなるやんか。有難迷惑やで…」

と言った途端、親父が私に諭すように語りかけてくるように感じた。

 

私が高校の頃は、何度も両親を学校に謝りに行かせたり、大人になってからも離婚をして親不孝を重ねてきた。が、親父が他界するまでの晩年は、自分なりに親孝行をしてきたつもりだった。しかし、父がいなくなって2年間を振り返ると、やはり父というのはいるだけで存在感があるのだということが今さらわかる。

「失くして初めて大切さがわかる」凡人の今日この頃だ。

 

つまり、「有難迷惑だ」と言った時に、もし母が他界してしまったら、お節介にも、もうこの世にはこの寒い中野菜を洗ってキレイに掃除までして持って帰らそうとしてくれる人はいなくなる。ということを考えさせられたのだ。

 

おそらく、母が他界した後にはこういったことも「懐かしく有難いことだったなぁ…」と思い、反省させられるということに気付いたのだ。

その瞬間に母に文句を言うのをやめて、黙って車のトランクに押し込み、神戸まで持って帰ることにした。

 

これも、きっと父が私に諭してくれたのだろうと思う。

やはり親は有難いものだ…。

 

ありがとう 父ちゃん・母ちゃん。

お礼状が届く       2018.1.8

指宿から神戸に帰って来た時にポストを見ると1通の手紙が届いていた。

差出人には覚えがないが、氏名の横に「お礼」と書いてある…。

ひょっとして私の暗殺を企んだ封筒爆弾か…?(笑)と思ったが、心当たりがまったくない。

とにかく「開けてみるか…」と思い開封してみた。

すると封筒の中には2枚の便せんに書かれた綺麗な文字が…。

拝読するにつれ差出人の方のことを思い出した。

 

東京のセミナーの時に「チック症」の子どもの治療をお願い出来る方を近辺で紹介してほしいとのことで、その時テーブルトレーナーとして付いてくれていた鳥海君を紹介したのだ。

 

鳥海君については、昨年の6月にブログで書いた。

 

結論を書くと、あんなに大変だった子どものチックが、治療をしてもらったお陰で今はまったくなくなり、ウソのようだ!とのことであった。

それでオステオパシーに興味を持ち、自分も勉強したいと熱い思いが書いてあった。

 

鳥海君を紹介したことに対してお礼の手紙を下さったのである。

 

よくやった  鳥海

 

私の下で学んだ教え子が、患者さんに認めてもらえるのはやはり嬉しいものだ。

 

もう一度念のため、鳥海君の治療院の連絡先を書いておく。

ブログを見て、治療を希望される方は是非コンタクトを取っていただきたい。

 

❖ Osteopathic pain management center ❖

〒220-0011神奈川県横浜市西区高島2-5-14 リバース横浜501

TEL 070-3345-3322

Osteopathic pain management centerのあるマンション

Osteopathic pain management centerのあるマンション

指宿「吟松」にて       2018.1.6~1.8

国民休暇村指宿を6日の12時にチェックアウトして、タクシーですぐ近くにある指宿海軍航空隊基地跡へ一人で英霊参拝に…。

 

その後、待たせていたタクシーでいつもの「吟松」へ。

 

本当なら部屋に入るのは15時からなのだが、そこは常連客のこともあってか、部屋を急ピッチで清掃してくれ12時40分に入室する。

 

いつもの部屋は他の客に押さえられていたため、今日は初めての部屋だ。

入ってみて ゲゲーッ!  これって私好みの部屋や…。

畳の部屋が12畳、隣にはキングサイズのベッド。そして6畳ぐらいの洋間に加え、バス・トイレも、もちろん付いている。またそれとは別に3畳の間もある。

 

なのに旧館というだけで、こっちの方が安いらしい。

わし、次からこっちにしよう。めちゃこの部屋が気に入ったわ。ラッキー!

 

この部屋で、今回大量に持ち込んでいた事務処理が大分はかどった。

 

次の日の昼食に、牧野君と奥さんの美咲さんと私の3人で「唐船峡」へ行き、鯉の船盛・マスの塩焼き・さつま揚げ・鶏のから揚げ・そうめん流しを注文する時に…。

 

下村「マッキー 鯉は食べたいか?」

牧野「ハイ、ありがとうございます」

 

下村「ということは、おごってもらおうと…」

牧野「イエ、先生 私は、決してそんないやしい気持ちは…」

 

下村「あるんやな…?」

牧野「ハイ、心のどこかにあるような気がします(笑)」

 

下村「笑… マッキーはおもろいなぁ…」

 

まあ、いつものからかいで始まり、からかいで終わるのだが、なかなか上手いボケ方をす

るので毎回楽しんでいる…(笑)。

 

唐船峡から帰り、「吟松」に移ってから4回目の砂蒸し(今回、指宿に来てから計6回目で

ある)に行く。

 

本元の砂蒸しでも、かけ手による上手い、下手はある。

 

私のお気に入りのかけ手は、大岩本さんというおいちゃんだ!

2年程前に定年退職された後も、15時~19時までボランティアで来られている。そこのところは他のスタッフの方もわかってくれていて、私が行くと大岩本さんに声をかけてくれる。

 

そして、明日の朝9時に最後の砂蒸しをした後、マッキーに鹿児島中央駅まで送ってもらい、新幹線で新神戸に帰る。ということは、今日は何日の夜かわかるかな?

 

答:7日の夜で~す。

 

では、おやすみなさい!

指宿にて         2018.1.4~1.6

1月3日の夜に実家を離れ神戸に戻る。そして4日の午前中に新神戸から新幹線で鹿児島中央駅へ。

そして、そこからは「たまて箱」に乗り指宿に着いたのが午後3時だ。

 

指宿駅からタクシーで「国民休暇村指宿へ」…。

 

今回はいつもの「吟松」ではなく「休暇村」だ。なぜだと思いますか…?

 

それはね、子分である牧野君が、ここのブースを借りて開業しているからだ。

まだ見たことがなかったので、この機を利用して見に行ってみようと思い4日と5日の2泊をここですることにしたのだ。

 

チェックインの手続きをしている時にチラっと横を見ると下の看板が…。

イタイ! 実にイタイ看板だ…。 ブログを見ている方は何がイタイかわかりますか…?

 

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「整体サロン」という名前はまだ許せる。この地ではオステオパシーと書いてもなかなか受け入れられないだろう…。

この名前も看板の作成も、ここの支配人が作ってくれたそうなので、まぁそこは許すとしても、10月からこれまでまったくイタイところに気付かなかったそうだ。私のイタイ場所は一番下の行である。

よく見てほしい「施術いたいたします」となっている。

 

この様なイタイ看板を考えた支配人も支配人だが、この看板を作成した者は何も思わなかったのかなぁ…???

普通なら「この文、変ですよ…」と言うのになぁ…。

 

この看板の写真を撮った後、治療をしているところを見に行く。

やってる やってる!

なかなか手つきが良い。患者さんとの距離感も良い。

この感じなら、この指宿において、イタイ看板でもまずやっていけるだろう。

 

牧野君に状況を聞いてみると「九州の全域から来院していただけてる」とのこと。見ていて、だろうな…と私も思うし、それに結果も出していた。

 

休暇村の温泉の泉質は良い。治療を受けた後に温泉に入ると効果は更に増すだろう。

 

しかし、指宿での本当のお勧めは温泉ではなく砂蒸しの方だ!

特に内臓疾患や皮膚疾患に対して、私個人的には非常に効果を実感している。

ここで私自身も救われた経験があるからだ。

 

しかし、砂蒸しはどこでやっても同じ効果ではない…。

ここ、休暇村にも砂蒸しはあるが効果はダメだ。

 

他のホテルにも砂蒸しを併設してやっている所もあるが、どこも同じである…。

 

砂蒸しは、やはり本元の、砂蒸し会館「砂楽」でされることをお勧めする。ここからタクシーで5分!

 

もし、2~3泊されるなら着いた日に一度、翌日に朝と夕の二度、帰る日のチェックアウトするまでに一度(2泊3日のプラン)計4回の砂蒸しと牧野君の治療を二度受診されるプランを私はお勧めする!!

 

 

オステオパシーと砂蒸しの組み合わせはもの凄い効果が期待出来る。もちろんオステオパシーと温泉の組み合わせも悪くはないが、砂蒸しとの組み合わせの効果には及ばない。

 

ちなみに牧野には、看板直しを、どの様にデザインするか名前も含めて指示出しをしておいた。

2018年を迎えて          2018.1.1

新年明けましておめでとうございます。

このブログを見て下さっている皆様がお元気で輝かしい新年を迎えられたこととお慶び申し上げます。このブログは、私の実家である姫路において書いております。

私は年末の29日に帰省し、墓掃除を済ませた後は部屋にこもりっきりで、今年から始まる新しい企画のプレゼン資料や新しいテーマの資料作成に取り組みながら、初孫である湖音(女の子1歳半)の取り込みに苦心しております。

というのも、以前はまったく人見知りなどしなかったのに、昨年より男性に対しては異常な拒絶反応をするようになったのです…。

ということで、孫に対してアホジィジィとなってしまった私は、必死で湖音の気持ちを惹きつけようとしているところであります。

 

それはさておき、今年2018年は、JOPAは大きな改革を行うことになります。

改革というのは前進でも後退でもありません! 一つの時代に終止符を打ち、新しく生まれ変わろうとするのです。

それをやらなくては更なるJOPAの大飛躍はないでしょう…。

簡単にいうと、今年の春から始まる「膜シリーズ」セミナーは、秋をもってすべてを終了致します。

そして、秋からは新しい企画をもってセミナーを開催していくことになります。

そして、もう一つJOPAはこれまでと違った活動をすることになるでしょう。

国際セミナーも今年からは大きく変化していくことになります。

出来る者は更に飛躍できるように!!

つまずいている者には、なぜ、つまずいているのか手当て出来るように!!

すべての会員に対し、やる気さえあれば伸びていけるような組織作りをしたいと思っております。

 

本年もどうぞよろしくお願い致します。

会員限定無料セミナー    2017.12.17 12:30~

今年の会員限定無料セミナーは「ストレス線維中最大の大脳鎌」に対して、いかに力を使わずリリースさせるかという方法を教えた。

 

このテクニックは数か月前に私が開発した方法であるが、極性とINR(神経・筋・骨格統合リリース)そしてMETの理論を組み合わせたものである。

女性でも出来るが、少々感覚は必要とされるかも…。

 

実際にデモンストレーションをやってみせると、一気に頚椎や体幹の伸展域が変わるので、参加者は早く練習したい!という雰囲気に…。

1時間程の間に出来るようになったのは約半数…。予想していたよりは多い。

 

練習をすれば誰でも出来るようになるので、参加していた者は是非頑張ってほしいと思う。

 

このブログをもって今年最後とさせていただきます。来年もよろしくお願いいたします。

皆さんもどうぞよいお年をお迎えください。