下村彰慶 オステオパシー人生のブログ|日本オステオパシープロフェッショナル協会

長期海外出張レポート 第3回目 10月6日

この日は昼までホテルの部屋でくつろぐ。

 

昼から東山と3人で日本食材を売っているスーパー(確かMISAWA)に行き、日本のカップ麺…etc.をしこたま買い込んだ後、近くのラーメン屋に入る。スープも日本の味ではあるが麺も含めて50点ぐらい…。

その後、ウーバーを呼んで3人でショッピングモールに行くが、結局見るだけで何も買わずじまい。

 

ホテルに戻った後しばらく休み、またまた3人で自転車タクシーで、昨日行ったレストラン(オステリア)に行こうとする…が、自転車タクシーが我々がそこに向かっていることに気づかず移動し始めたので東山の出番だ

 

東山「どうします、つかまえますか?」

下村「あたり前や、わし、あんな距離絶対歩かんで!」

東山「わかりました」

ということになり、全力疾走しつかまえに走る走る。しかし、自転車タクシーも移動が速い上に長方形の公園を鍵形の形に沿って動いているのが見ていてよく分かる。

そして、その100mぐらい後方を黒い影が追いかける… 東山だ

東山 ガンバレ〰!と心の中で声援を送る。

冷静に考えると公園を斜めに横切って走ればすぐにつかまえられたものを、同じように真後ろを追うからなかなかつかまらないのだ(笑)。

 

300mぐらい追いかけてやっと自転車タクシーをつかまえたようで、私の携帯に電話をかけてきた。

東山「やっとつかまえました、どうします。そこまで迎えに行かせましょうか?」

下村「そうしてくれるか、そんな所まで行くのしんどいわ」

東山「わかりました、そこにいて下さいよ」

と言うので、動かずにいたらしばらくして自転車タクシーが…。

 

下村「東山 すまなんだな ありがとう」

東山「大変でしたわ、案外逃げ足速いですわ」

下村「そやけど、何でお前、この公園を斜めに横切らなんだんや?」

東山「ほんまですね…」

と言って自転車タクシーに目的地までの金額を聞くと$2500と言う。OK!を出し、3人でチカチカ光るライトの席に座り、夜景を楽しみながらレストランへ!

美味しい料理を食べお腹いっぱいになった後ホテルへ。

 

明日の朝6:20フライトの飛行機なので、ホテルを5:00amに出発することにして部屋に戻る。

 

ショッピングモールにて

ショッピングモールにて

 

サンディエゴ市内にて

サンディエゴ市内にて

 

自転車タクシーでレストランへ

自転車タクシーでレストランへ

 

 

長期海外出張レポート 第2回目  10月5日

この日は9:00am~ホリス・キングD.O., FAAOのレクチャーに参加する。

テーマは「全身疾患および生理機能のためのOMT-胃腸系および神経系」

 

OMEDの受付を済ませ会場へ。驚いたのはベッドがなく全てイスである。ベッドはデモ用の1台のみ。

AAOとは違いほとんどが座学となる。つまりOMEDは軸をマニュピレーションよりメディカルに置いているのが分かる。

 

そして、東山は初めての同時通訳に挑戦するのだ!

9:00amになりホリス・キングD.O.の講演が始まった。

 

東山「・・・・・・・・・・」

下村(何かしゃべらんかい!と思い東山の顔を見る)

私の視線に気づいた東山が…。

東山「先生 今は、関係ない自己紹介してますわ…。」

下村「おぉ そうやったんか(笑)」

と聞き安堵する。

そして、いよいよ誰が見てもレクチャーの時が来た。東山の出番だ!

東山「「・・・・・・・・・・」

下村「こら 東山、何か言わんかい!」

東山「分かってます。ちょっと待って下さい…。」

ちょっと待っている間にどんどん進む…。

東山「先生 同時通訳はやっぱり無理ですわ!難しいですわ」

ある程度覚悟はしていたが、結局、所々のまとまった訳では内容が全く繫がらず

分からずじまい…。逐次通訳と違って、東山の英語力をもってしても、やはり同時通訳は難しいようだ。

で、内容がよく分からないので面白くない上に、時差ボケも加わって居眠りをしてしまう。

東山「先生 どうします?」

下村「しゃあない、こうなったら昼休みで切り上げるか」

「切り上げる理由として、キング先生に、同時通訳はやってみたけれどほとんど訳がついて行けず、周りの方に迷惑をかけるので途中で失礼させてもらうと言っとけよ(笑)」

東山「えぇっ 僕ですか?」

下村「そうや それが一番きれいな理由やろ(笑)」

東山「は~い わかりました(笑)」

ということになり、キング先生に挨拶をした…・

全く知らない先生なら別に気を遣わないが、よく知っている先生だけに逆に気を遣ってしまう。

 

本来なら、サンディエゴでは5日~7日の間に1日だけ仕事をすることになっていたの

だ。

ところが、5日になるか6日になるかはっきりと相手から返事がこない内に、アンソニー

チラD.O., FAAOからメールが届いたのだ。

以前から何度もチラ先生のクラニアルを教えてほしいという私からのお願いに対して、初

めてかなり厳しい条件付きの参加OKという返事をいただいたのだ。詳しくは後ほど書く

が…。

バージニア大学で、10月8日~12日まで教えるので来なさい…。ということだったので

7日の早朝にサンディエゴを出発しないと乗り継ぎがよくないため、7日の夜にバージニアに到着出来ない。となると6日は仕事をする気持ちになれない。ということで大変申し訳ないが仕事を断ることに…。であるならばということになり、OMEDに参加したのである。

 

逐次通訳は問題ないが、同時通訳は初めてのこともあり無理だったが、しかし東山は実

にそれまでよく頑張ってくれていた。出来るかどうかはやってみないと分からないことだ

…。それよりも、それまでの努力をしたかどうかが大切なのだ。

東山は必死になって一生懸命単語を覚えていたし、英会話に行って練習もし、東山自身考

えられるだけの努力はしていた。そこが大切なのだ。だから約束通りの報酬は渡した。

東山も道中、気を遣って私の荷物を持ってくれたりしていたことに私は気づいている。

ありがとう 東山! 東山はその内、同時通訳も出来るようになるだろう。今回はそのた

めのよい練習の機会になったと思う。

 

さて、OMEDを出た後、ホテルの近くへショッピングに3人で出かけ、ワインを飲んだ

り、アホな写真を撮り合ったりして時間を楽しんだ。

そして、自転車タクシーに乗ってレストラン「オステリア」へ。ここのパスタは美味く肉

の味もよかった。

 

ここの帰り、裕美が何故かシガーバーへ行きたいと言いだし、シガーバーに立ち寄り葉巻

を買い葉巻を吸って楽しむ。

ここで知り合ったマジシャンやカイロプラクター、そしてカイロプラクターの友人で美人

な顔立ちのまま年をとった女性と仲良しになりメール交換、その交流は今も続いている。

 

そのシガーバーを出た後ホテルに戻り寝る。   今日はここまで…。

 

私はどこでしょう??

私はどこでしょう??

 

セミナー中

セミナー中

 

ホリス・キングD.O.と

ホリス・キングD.O.と

 

シガーバーにて

シガーバーにて

 

 

 

 

10月2日(火)~10月23日(火)に渡る長期海外出張

今回のような長い海外出張は、これまでの人生においても初めてである。

サンディエゴ→バージニア→ロンドンと2か国3都市に渡った。

したがって、ブログも数回に分けて書くことにしようと思う。

 

第1回目  10月2日~米国時間10月2日

10月2日午前中の診療を11時で終了し、服を着替えタクシーで伊丹空港に向かう。

12:30分に同行者である東山と空港ロビーで合流し、14:40分、成田に向けてフライト。成田での乗り継ぎは移動時間も含めて1時間20分しかない…ので、少々早歩きで動き、両替や必要な買い物を済ませ、出国手続きを済ませた後、ラウンジへ…。

東山には、ここで名物のカレーと寿司を食べておくように勧めた。

ぎりぎりまでラウンジでくつろいだ後、飛行機に乗り込む。さあ、いよいよ長い旅の始まりである…。

17:25分、LA(ロスアンジェルス)に向けJAL62便が駐機場を離れる。そしてジェットエンジンの轟音とともに機体が加速、背中が座席に押し付けられゆっくりと機体が浮き上がってゆく。

今回の長期出張は、本来はそれぞれの都市において、私は仕事をすることになっていた。

その最初がサンディエゴだったのだ。しかし、我々がチケットを取ってしまった後に、結果的には私と相手、両方の事情からサンディエゴでの本来の仕事をやむなくキャンセルせざるをえなくなったのだ。

本来することになっていた仕事に関して何かは言えないが、その代わりとして友人のD.O(USA)がOMEDに招待してくれることになり、私と東山の2人がホリスキングD.O,FAAOのセミナーに参加することになったのだ。

東山はその時の通訳として同行してもらっているのである。

LAまでは約9時間程度の時間だが、機内で寝ることなく仕事のことばかりを考えていた。主にロンドンでの仕事のことである…。

予定より少し遅れてLAに到着するが、ここで入国手続きを済ませて荷物をピックアップし、サンディエゴに向けてゲートNoへの移動と荷物を預け直さなくてはいけない。約2時間半の時間的なゆとりはあるので問題はないが結構大変である。おまけに私が入国手続きをする時に忘れ物をしてしまったため届けてもらうのにバタバタしたのだが、この時に活躍した東山の英語力は本当になかなかのものだった。

LA 13:50分に離陸し、最初の目的地であるサンディエゴには14:40分着。そのままタクシーでマリオットホテルへ。

到着した日の夜は、ホテルのインフォメーションで東山がお薦めのレストランを聞いてくれたことで、そのイタリアンに…。

歩いて10分ということだったので歩いて行くことにしたが、運動が大嫌いな私には苦痛の10分だった(笑)。

到着したレストランは、お薦めだけあってなかなか美味しかった!

しかし、私はそのレストランで、最初に出てきたパンを食べすぎてしまいメインディッシュの肉はほとんど手をつけることなく裕美と東山の胃袋の中へ…クソ〰(笑)。でもここのシーフードパスタはとてもgoodだった。帰りは歩くのを拒否しタクシーでホテルへ。

そしてこのまま お・や・す・み。

 

3日の午前10時に東山とロビーで待ち合わせ、裕美の3人でサンディエゴの観光名所となっている退役空母ミッドウェイ(MIDWAY)へ行く。この空母は退役しているとはいえ、少し前までは米国第7艦隊の原子力空母であった。米国は日本に対して43億円で買ってもらいたかったらしいのだが、日本のお国事情で買うことはなかった。

私個人の意見だが、本当にアホな(もったいない)ことをしたと思う。退役しているとはいえ、中国が現在保有している空母遼寧や現在建造中の空母と比べても、はるかに何倍も強力な打撃力(攻撃力)及びダメージコントロールシステムを持っている。

ちなみにこのブログを見ておられる方は、世界で初めて正式空母を設計し建造した国はどこかご存じですか!?

             ↓

当時の大日本帝国ですちなみに世界で米国と対等に空母を運用して戦える力を持っていたのは世界でも日本だけでした。

 

話を元に戻そう。

このMIDWAYを見学に行くのはこれで2度目である。MIDWAYの中はもの凄く広くて、格納庫などがどのようになっているかよく分かる。

カタパルト(油圧電動発進システム)などの機密部分は取り外してあるが、それにしても凄い大きさである。

そうそう、MIDWAYに入る前に公園でサンドイッチなどをブランチとして食べていたら、友人でJTOCの頭蓋講師であるダン君が、タクシーでホテルに向かう途中で我々を見つけ

「ハロー〰!」となった。

 

MIDWAYを見学した後は、自転車タクシー(人力車の人を自転車に変えた乗り物)でホテルに帰り、その日の夕食はダン君と「分子ガストロノミー」という調理方法のレストランへ行く。

ほとんどの料理はそれなりに美味しかったが、最後に注文したラーメンは…???

「これってラーメン」って感じ(笑)。

そしてタクシーでホテルへ。

 

ラウンジにて

ラウンジにて

 

空港にて

空港にて

 

ホテルにて

ホテルにて

 

米空母MIDWAY

米空母MIDWAY

 

マリオットホテル1Fショットバーにてダン君と

マリオットホテル1Fショットバーにてダン君と

 

自転車タクシー

自転車タクシー

 

 

10月4日(木)

昼まで部屋で休み、昼にホテルのバーで3人でナチョスを食べながら飲んでいると、そこへダン君からメールが…。「そこへ行ってもいい?」と聞いてきたので「いいよ」と返信すると、しばらくしてダン君も合流。夕方までそこで色んなことをしゃべった後、部屋に戻り17:30分まで時間をつぶす。

というのも18時には、これも友人でJTOCのカウンターストレイン講師であるマイククリスD.O.(USA)が寿司レストランに私達を招待してくれているのだ。

そして17:30分にタクシーを手配してくれていた。

17:30分にホテル玄関にタクシーが迎えに来てくれ待ち合わせの寿司レストランに!

その寿司レストランの寿司職人はカズという日本人でウエイトレスも日本人女性、なんとその女性はなつ子という神戸市垂水区の出身の方で私の自宅と近所であり、話が盛り上がり、お互いメール交換し、今度日本に帰国する時は遊びに行きたいと言うことだったのでもちろんOK!

交流の輪が広がるというのはいいものだと思う。

 

ここの寿司を握っているカズさんとも親しくなり、ぜひ日本に帰って来られた時は…ということになり記念写真も撮りレストランを後にした。

 

マイク夫妻と寿司レンストランにて

マイク夫妻と寿司レンストランにて

 

 

 

 

INRセミナーを開催した    2018.10.2

昨年に続きINR(神経・筋・骨格統合リリース)セミナーを神戸市産業振興センターにおいて9月22日~24日の3日間で開催した。

セミナー講師は、Jay B. Danto D.O.(USA)である。

このテクニックはJOPAから出版している「オステオパシック メディスン」の中にも書かれている。

このテクニックの創始者は、Robert C Ward D.O. FAAO であるが、Jay Danto D.O. はこの先生と何年も仕事をされた言わば直系である。

内臓と頭蓋についてのアプローチは INR の原理を元にJay Danto D.O. が開発されたものである。

 

さて、今回のセミナーテーマである内臓と頭蓋だが、特に内臓に関しては本当にもの凄く良かった。頭蓋に関しても新しい内容だが、まだ発展段階といったところだろう。

INRの内臓アプローチとはこれまでの我々が知っている内容とまったく違うが、リリースがもの凄く早い。

また、患者さんの簡単な協力も必要であるため、セラピストとの一体感があり、おそらく患者さんの満足度が高いと思える。

 

前回の筋・骨格編もそうであったが、これまでのリリースの方法と一番違うのは、フルクラムを特に必要としないことだ。

今回、Jay Danto D.O. は奥様と一緒に来日され、二人とも日本そして神戸をとても気にいってもらえたようで、また、日本に教えに来たいと言っておられる。本当に有難い話である。

 

当然数年後には更に、発展進化しているであろう。INRを再び日本で開催するつもりでいる。

 

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これからの時代 気苦労が大変だ!   2018.9.12

地震に加え日本に襲来する台風が毎年大型化してきているのに不安を感じる。前回のブログでも書いたが、20号・21号と間髪あけずに関西を直撃し、私の家も被害を受けたため取り壊すことにした。

3回もリフォームし思い出のある自宅だがしかたない…。

 

不安を感じるというのは2つある。1つはこれから家を建てるのは日本古来の木造住宅はどうかな・・・と考えさせられる。特にこれまでなら高台の前面の宅地は好まれたが台風がこれだけ大型化してくると木造家屋で建てるにはどうかなとも思えてくる。鉄筋で建てることも考えるようにしなくてはいけないだろう。

 

もう1つはJTOCの授業が終わり、講師が帰国する日の前日の夕方に大型台風21号が神戸を直撃した。

翌日伊丹~成田まで乗るはずだった飛行機は欠航が決定している。新幹線が動くかどうかは当日まで不明。しかし、講師のコニーD.Oは帰国した翌日から予約されている患者の治療があるので、どうしても予定通り日本を離れなければならない。で、どうしたかというと、ウルトラCを使って無事に成田に到着し、予定の飛行機にて帰国されたのである。

費用は当然我々がもつことになる。これからの時代、学校を運営するのは気候も加わり大変なリスクを伴うことになる。えらいこっちゃ(笑)

 

台風20号・21号そして北海道地震   2018.9.10

最近続いて起こる天災によって、日本列島の中でまだ無傷なのは北陸・中部・関東のみとなった。

このままで本当に日本は大丈夫なのか?

 

テレビのコメンテーターやキャスターの迷言ぶりを聞いていると更に不安をかきたてられる。

我が家も、台風21号より20号の時にダメージを受け雨漏りが激しいので取り壊すことにした。

しかし、今回の北海道地震は驚いた。いつも驚くのは同じだが、まさか北海道に起こるとは…。本当に適切な言葉が出てこない。

 

とにかく台風及び北海道の地震において、お亡くなりになられた方に対し心よりお悔やみ申し上げますとともに、被災されたすべての方に対しお見舞い申し上げます。

お盆休み        2018.8.11~8.15

8月10日(金)の診療を終了し15日まで久しぶりにまとまった休暇に入った。

いつもならこんな時にこそ、普段なかなか出来ない事務仕事をするのだが、今年は思い切って母が一人で暮らす実家に帰ることにしていた。

 

もちろん、母は大喜びである。実家に帰り、墓掃除と墓参りを済ませた後は、大半の時間を母との会話に当てるとともに、滞在中に2回程治療も行った。

母はこれまでに膀胱炎を何度も再発しており、過去の骨盤骨折や手術等の影響もあり

現在はチューブによって排尿を余儀なくされている。

そこで、自律神経の調節を行い、仙骨・腸骨の矯正をしてやるとかなり症状は改善され、とても喜んでくれた。

 

生まれ育った実家よりも、神戸に出て来てからの年数の方が長くなるが、不思議なもので実家と自宅とでは何か違う。

同じように気持ちが落ち着くのだが、文章とか言葉では表現出来ない何かが違うのだ…。

上手くは言えないが、私にとって自宅は身体を落ち着かせる所であり、実家は心を落ち着かせる所なのかもしれない。

 

私の実家は姫路の山奥にある田舎だが、今回帰って大変驚いたことがある。

それはテレビなどの報道にあるように、田舎の荒廃が目に見えて進んでいることである。

私が小学校の頃、村には1年生~6年生までの子どもが20人以上はいたが、現在は5人しかいないという。

住人が村を離れ、石垣だけしか残っていない家屋跡や現在は誰も住んでいない廃屋が目立つようになってきた。

 

そうなると、田畑や山の手入れが出来なくなってくるので、年と共にもっと多くの若者が田舎を去ることになるだろう…。

田畑が荒れるのは一年もかからないが、先祖が守ってきた田畑を一端荒らすと、再び耕作地とするにはなかなか難しいものがある。山も同じだ。

 

ちなみに私は、息子が仕事を継いでくれた後は、実家に帰り故郷のために尽くしたいと考えている。

 

頭蓋反射テクニックセミナー    2018.8.4~8.5

頭蓋反射テクニックセミナーは何回目になるだろうか…?

前回のデモンストレーションは宮崎の野川君だった。彼の場合は、アキレス腱断裂による手術をしたのだが、その後の痛みにより跛行を呈し、ギプス固定をされ杖をついてセミナーに来たのを今でも覚えている。

ところが、頭蓋反射テクニックをした後、症状が劇的に変化し、杖なしで歩けるようになり痛みもほとんどなくなった。

この時セミナーに参加していた方は、今でも記憶にあると思う。

 

さて、今回のセミナーでガチンコのデモンストレーションのモデルに名乗りをあげたのは秦君だ。「嗄声」ということなので、もちろん声がかすれてあまり出ない。

このケースにおいての治療は、特別な場合を除きそれほど難しくはない。セミナー参加者に、なぜこのような現象が起きるのかを説明した後、注目すべきポイントを教えた上で頭蓋反射テクニックのみで治療し、その場で症状を大きく変えた。

一言付け加えさせていただくと、治療する前に「治せる」と言い切った上で治療し、その通りの結果を出したのだ。

 

もし、このブログを見て興味のわいた方は、次回ぜひ参加していただきたい。

モデルの秦君の感想文を付けておくので、ぜひ読んでもらえたらと思う。

 

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JOPA一般会員会員 秦 博弥

先日は、頭蓋反射ベーシックセミナーにて嗄声の治療をしていただきありがとうございました。

セミナーを受ける前日より喉の調子が悪く、たまに詰まる様な感覚があり声が出にくい感じがありました。セミナー当日の朝は声が少しかすれた感じでしたのですが、セミナー会場へと新幹線で移動した後は完全に声はかすれ、声を出すのが辛い状態になりました。

セミナーにて身体を診ていただいたのですが、まず初めに後頭骨が凹みがヒドイと言われ、下村会長の後頭骨を触らせていただいたのですが自分との違いにびっくりしました。

それから身体を診ていただくと、左前腕の手術の跡が引っ張っているとの事でした。僕は10年程前に左前腕の両骨の骨折の手術をしました。その部位を治療していただくと左前腕が膨らんでいきその膨らみが胸郭、腹部内臓へと広がっていく感覚があり、それと同時に喉のつまりが取れた感じがありました。

それから治療が続き心横隔膜靭帯をリリースしていただくと喉の方まで広がっていく様な感じがあり、同時に熱くなるような感じがありました。

そこで声を出すと、かすれはありましたが出しやすい状態になっていました。下村会長からは、時間が経つと元の声に戻るとの話を受けました。

それから1日目のセミナーを終え食事をしながら会話をしていると、どんどんと声が戻ってきました。一緒に食事をしていた先生とかなり驚きました。就寝する前にはかすれが少し出る程度になっていました。

2日目の朝には、ほとんど声が戻りました。

今回治療を受け、これまでも手術の跡は身体に歪みを起こしているとは思っていましたが改めて実感しました。それと同時に下村会長の凄さ、オステオパシーの凄さも実感しました。

本当にありがとうございました。

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西日本豪雨災害に対する義援金   2018.7.17

最近における西日本豪雨災害の後、私はしばらく考えていた。何かといえば、私は何が出来るか…ということだ。

 

今回の豪雨では、JTOCの学生も一人被害を受けている。「命」以外、全てを失ったそうだ…。いったい日本はどうなってしまうのだろう。本当に深く考えるようになった。

こんなことが毎年起きていたら、いつか日本は滅びてしまうのでは…。考えたくもないことだが、これまでよりも想定外のことも含めて、考えざるをえなくなったように思える。

 

私の出した答えは、とりあえず「義援金」だ。

国に送るか、あるいは被災地の県に送るか迷った末、被災地の県に送ることにした。

 

広島県に40万円 岡山県に30万円 愛媛県に30万円  計100万円を送金させていただいた。

嵐のメンバーは各地に5000万円ずつ寄付したというのに申し訳ない気もするが、私も学校をスタートさせ、まだ5年しか経っておらず、1期生の卒業生すらまだ出せていない状況なので、今のところではこれが限界だ…。申し訳ないとも思う。

でも、私なりに出来ることは積極的に支援したいと思っている。

 

それにしても、なぜ毎年のように酷い災害が起こるんだろう。

環境を破壊したことで、天が怒っているといえばそれまでだが…。本当に私の大好きな日本が災害に遭い壊されるのは辛い。

 

阪神淡路大震災では、私の自宅も半壊した身なので、あえてその立場で書かせていただきたいと思う。

被災地の皆さん、これまでに見たこともない大量の雨水が押し寄せてくるのを体験され、本当に怖かったことと思います。身内に不幸なことが起こってしまった方や苦労して建てられた家などが一瞬にして無くなってしまうことは、なかなか受け入れ難いことだったでしょう。また、これからの将来についても大きな不安があることでしょう。

 

したがってこんな時こそ、同じ日本人として民族として強く団結して再起しましょう。頑張りましょう。

本来の日本民族はとても強いのです。

そして、出来ることなら「被災者」とはいわず「復興者」というようにしましょう。

私の経験からですが、私はそう思うだけで気持ちが前向きになりました。

陽がまた昇るように、良いこともまた歴史は繰り返します。

諦めず、希望や夢を捨てずにぜひ頑張ってください。

 

我々の協会も被災された方々に対し、何が出来るか考え、出来る限りの支援をしたいと思います。

JTOC 臨床方法論(鑑別診断・症候学)   2018.7.13~16

JTOC1期生の授業も専門課程4年次に入り、ますます内容が濃くなってきた。

今回の講師は、フィリップ・レイショMD,DOでフランスのオステオパシー学校の校長でもある。

 

私と彼は、レンゾーモリナーリDOの紹介により5年ぐらい前に知り合うことが出来、彼の学校とクリニックを訪問させていただいたことがある。

 

さて、今回の授業の講師を決めるのに、レンゾーに私の考えを伝え、レンゾーが理解してくれたことに始まる。

 

私はここで臨床診断、つまりレッドフラッグやイエローフラッグなどを含めたことを教えるのには絶対にMDかつDOでなければダメだと思った。

アメリカのDOは医師であるので、MD的な要素や脊柱筋などのマニピュレーションは出来ても内臓マニピュレーションまで取り入れているDOは少ない。

 

そういったことから、ここの講師は医師であっても絶対ヨーロッパのMD,DOの方が医学的要素やマニピュレーションの方の考えが分かるので日本には合うと思っていたからだ。

 

私の考えは的中し、4日間の座学は確かにしんどかったが大変ためになる素晴らしい授業だった。

つまり、あと少しすれば皆は卒業となり、一人ですべての決定をし、良いことも悪いことも一人の責任となってくる。

そこには何かあっても助けてくれる学友や講師はいないのである。

 

そのためにも患者さんの安全を確保し、自らのリスクも避けるための症候学と鑑別診断が出来ることが必要なのだ。

例えば、痛みや痺れを訴えていたり、発熱の症状が伴っている場合、比較的安全かすぐに病院に送る必要があるかを鑑別する知識がなければならないのだ。

 

また、大動脈瘤があった場合、どこをどのように診るか?

あるいは痛みや痺れがあった場合、それは中枢性か末梢性のものか?

ある部位に出血があった場合、どのような病名が考えられるか?

などなど殆んどすべての診療科目にわたって教わった。これは大変ためになり、なるほど…と思わされた授業だった。

 

また、プレゼンの資料があるにもかかわらず、それを見ることもなく4日間全力でしゃべり続けながら教えていただいた。我々はその迫力にも、また圧倒させられた。

JTOCは基礎医学で整形外科学・内科学・小児科学・X線学をMDによって教わっている。

国家資格を持っている者は必須ではないが、しっかり学んでいた方が専門課程4年次で困らずに済むと思う。

 

まぁ~ もの凄い量(情報)を覚えなくてはならないのでね…。