下村彰慶 オステオパシー人生のブログ|日本オステオパシープロフェッショナル協会

⑤ベルリンシンポジウム 2日目  2018.11.17

しばらく中断していた海外出張ブログ(ベルリンシンポジウム 2018.11.16)の続きを掲載します。

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ホテルを7:45amにタクシーで出発。8:30amからのモーニングレクチャーに出席。

フランク・ウイラード先生のレクチャーを最初にもってきているのはさすがにトルステン!よく考えている。

つまり普通のスピーカーだと8:30amからのレクチャーにはあまり集まって来ない。

しかし、世界的に有名かつ有益な解剖学講義を興味を持たせながら話すことが出来る(しかも何時間でも…)講演者となればそうそういない。

したがって、フランク・ウイラード先生のレクチャーには、国や時間を問わず多くの聴講者がいつも集まる。

そういうことが十分理解出来ているからこそ、友人のトルステンはフランク・ウイラード先生を朝一のスピカ―としているのだ。

今年はオステオパシーのシンポジウムの前日まで同じ会場で国際筋膜学会があったからかもしれないが「筋膜」をテーマとして開催していた。

 

モーニングレクチャーの後、ランチはいつもの「桜」に行く。昨日の太和飯店(ペキンハンテンと読むらしいが読めるかい! だいいち、大に 、が何であるんや? 訳わからんレストランやった)よりやっぱりこっちの方が安くて美味い!(笑顔)

 

ランチの後、会場に戻り午後からのワークショップを受ける。昨日に続きフランク・ウイラード先生のクラスである!

昨日は「腰仙部の筋膜と姿勢」というテーマだったが、今日のテーマは「背部の筋膜疾患の症状と臨床講義」でテーマが異なっているのだ。だから2つのクラスを取ったのだ。

まぁいつもながら大変上手に講義を進め教え方も上手い!私も学生の時、ウイラード先生のような上手い講師に教えてもらっていれば、もっと上手なオステオパスになれたと思う。例えばだ、どのような質問(遺伝子のようなものでも)に対しても、何も見たり調べたりもせず、その場で完璧に答えられるのだ…。どのような脳ミソの構造をしておられるのか全く不明だ…。

 

そしてこの日の8:00pmからは、いつものガラパーティーだ。ここの料理はいつもながらまずい!

 

おしまい。

新年のごあいさつ  2019.1.7

新年明けましておめでとうございます。

皆様は、2019年という年をどの様な形で迎えられましたでしょうか?

 

私は、年末28日から姫路の実家に帰り、新年5日に母の米寿祝いを兼ねて母を連れて神戸に帰ってきました。

従って、私の場合新年を実家で迎えました。

 

こういう風に書くと、恐らくこのブログを見ておられる方は「正月休みはゆっくりされたんだなぁ~」と思っておられると思います。

 

とんでもない! この正月休みの連休は、私にとって一番忙しい時なのです。

ちなみに、このブログを書いている時間は3:50amです。

 

つまり、この正月連休は長期の休みを取っている時でないと出来ない事務仕事をしており、孫におもちゃ屋に連れて行かれる時と食事をする時以外は、2階の自室にこもりきりになって、プレゼン資料作り、2020年度のスケジュール作成、学校(JTOC)の運営など、様々な分野において熟考したり文章や資料の作成をしています。

 

昼間でもカーテンを閉めて仕事をしているので、仕事をしていて眠くなれば横になって眠り、眼がさめれば再び仕事をするといった生活をしています。ですから、5日目位になると頭がボーっとしてカーテンを開けないと今が昼か夜なのか自分ではわからなくなってしまいます。仕事は思ったよりも進まず、神戸に帰ってからも大変です。

 

でも、今年も頑張ります。

2019年もどうぞよろしくお願いいたします!

 

仕事中の実家の部屋の様子

仕事中の実家の部屋の様子

2018年最後のブログ

11月の海外出張ブログが途中であることは分かっているが、続きは2019年になってから掲載させていただくことにする。

 

今回は、今年最後のブログということなので12月のトピックスについてまとめて書かせていただきたい。

 

12月15日(土)  ポートピアホテルにて

4:00pmより   JOPA講師会の総会

新システムによるセミナーの打ち合わせと今後の問題点の対策について討議をする。

4:30pm~5:30pm JOPA全員総会

JOPAとJTOC役員の入れ替えに伴い新役員の紹介及び今年一年の活動報告などを行う。

6:00pm~9:00pm 同じくポートピアホテルにおいて恒例の忘年会を開催する。

その後の2次会・3次会は希望者のみだが、3次会まで参加したのは17名で16日(日)の

2:00amまでスナックで飲みあさった。

 

12月16日(日)9:30am 歴史教育&会員限定セミナー

今年は、韓国との間で政治問題となっている竹島問題に絡めた「李承晩ライン」について

教え12:00~変形性股関節症について会員限定セミナーを行った。ただし、今回のセミナ

ーではこれだけにとどまらず、上記問題に絡めて最近よく見られる特異な仙腸関節におけ

る病変の解除の仕方も教えた。

 

12月22日(土)と23日(日)の2日間で、「呼吸器疾患に対するオステオパシーアプロー

チ」セミナーを開催、主テーマは「咳喘息」として教える。

この疾患は最近特に目立って多い。

しかしながら、私はこの疾患に対して良い結果を出せている。

したがって、私がどの様に患者さんを診て主にどういった所を何の目的でどの様に治療す

るのかをデモンストレーションを交えながら教えたのだ。

 

教える方法について数か月悩んだが、プレゼン資料作りやテーブルトレーナーにJOPA講

師であり、いつも困った時に私の身体を治療してくれている前田講師が手伝ってくれたお

陰で大盛況をもって無事セミナーを終了することが出来た。

セミナー中に3名のモデルを治療し、もちろんその場で症状を劇的に改善させることで受

講生たちは納得してくれたようだ。

参加者全員が喜んでくれたのが嬉しかった。

 

12月24日(月)9:30am~頭蓋からの診断アドバンス

これが今年最後のJOPAのセミナーであり、私の今年最後のセミナーでもある。

ベーシックに続き、頭蓋からどの様な過程を経て診断しているかを教えている。

沖縄~東北まで広範囲にわたり受講生が参加してくれていたので私も頑張って教えた。

 

さて、今年も一年有難うございました。2019年も私はもちろん、JOPA講師、スタッフ全

員更に頑張ります。

 

2019年もどうぞ宜しくお願いします。そして皆様にとって幸多き年であることを願ってい

ます。

ベルリン オステオパシックシンポジウム 2018.11.16

ここ数年間、毎年ベルリンに来ている。このシンポジウムは友人のトルステンが主催しており、トルステンは2年前、日本に来日した時にJTOC1期生と2期生には紹介できた。

ヨーロッパにおいては、最大のシンポジウムで700名~1000名が集まってくる。

今年はシンポジウムの前日まで、国際筋膜学会が同じ会場で開催されていた。

それに引き続き16日(金)~18日(日)までの3日間においてシンポジウムが開催されたのである。

その初日、16日(金)のことである。

7:45amにホテルをタクシーで出発。5分で到着。手続きを済ませモーニングレクチャーを受けようとしたが、その前に問題としては大したことはないが、少々ややこしくなっている事案に対してミーティングをしておく必要があったので、裕美と2人でミーティングをする。話終わると11:00amになっており大ホールに入ったが、もはや座る席などは全くなく壁にもたれて通路に座っている者や、立ったまま聴いている者があふれるほどいる状態のため、聴くのを諦め通訳と2人は会場を出て少し早めのランチを食べに行くことにした。

ランチの場所はいつもの「桜」。桜といっても日本食レストランではない。おそらく元々はそうだったのだろうが、つぶれた後を中国人が中華料理レストランとしてバイキング方式で運営しており、寿司や味噌汁などが少しではあるが日本人が喜ぶ物もある。味は金額の割にはなかなか良いと思っている。

 

午後からは、フランク・ウィラード先生の「腰仙部の筋膜と姿勢」というテーマのレクチャーを受けたが、いつものことながら充実した内容だった。

ウイラード先生のレクチャーを受けた者で「つまらなかった」と言う者をこれまで聞いたことがない。

もしいたとしたら、その人物はウイラード先生を上回るよほどの天才か、全く何もわかっていないポンタだろう。

ウイラード先生は、よく私のことを知って下さっており、私は先月ロンドンでも彼のレクチャーを受けていたのだ。初日のシンポジウムは6:15pmで終了!

 

そこから通訳・私・裕美はタクシーで太和飯店という中華料理店に入った。

とても酷いレストランで、まず大和ではなく太和となっているのがよくわからない。

長い時間待たされて出てきたラーメンの麺は全く美味くなく、こしもなく、スープはパクチーが入っている。わしはパクチーが大嫌いや!肉やイカを炒めた料理も注文したが、どれも基本の味付けは同じで甘い…。そして美味くないのがベースとなっている。私は料理を作るのも好きなので論評させてもらうと、よくこんな味を発見したなぁ…と思う。ところが、このレストランはものすごく流行っていてお客ですぐにいっぱいになった。旧東ドイツ側だったから味覚がぐちゃぐちゃなのかもしれないとも思ったが…結局のところよくわからずじまい。イギリスの料理はかなり良くなったが、ドイツはヨーロッパNo.1の文明国でありながら、料理に関しては手つかずの未開の地であるというのがここ数年連続してドイツを訪れ色んな所で料理を食べた結果実感している私の感想である。

 

ベルリンシンポジウム受付

ベルリンシンポジウム受付

モーニングレクチャー風景

モーニングレクチャー風景

 

ポーランドに到着       2018.11.13

そのシェラトンだがものすごく良かった。部屋の前には18世紀までポーラの王様が住んでいたヴァヴェル城がある。城好きの私にはたまらない。到着日の予定はフリーだったので

ヴァヴェル城見学に行き、その後プラプラと街並みを見学し、地料理のレストランに二人で入る。私は鴨肉などのコース料理を頼み、裕美は単品で料理を頼んだ。

ポーランドは物価がものすごく安い上に肉は悪くない。思い出に残る良いレストランだった。

そうそう、ポーランドに何をしに来たかというと、友人のオステオパス(ゲイリー)に会い、仕事の話をするためと観光である。

案内はゲイリーがしてくれた。ゲイリーは大学で2年間日本語の勉強をしていたので少しだけ日本語が話せるのだ。まぁ、だけどほとんど我々が理解しようとしないと何を言っているのか不明だ(笑)。

 

ゲイリーが連れて行ってくれた所はアウシュビッツと岩塩の坑道跡だ。

坑道跡は135mの地下まで歩いて降りる。そして坑道の中を約2時間(も)歩くコースだ。ゲゲーッ!2時間…も。

逃げられない状況になってからそのことを知らされた。初めは珍しいので結構楽しめたが、途中からは同じような雰囲気の所(坑道)をてくてくてくてく…と歩くので、だんだん身体がしんどくなってくるし脚が筋肉痛になってくるし飽きてくるしで早く地上に出たいと思うように…。

そしてやっと脱出し、ゲイリーがホテルまで送ってくれる。ここでゲイリーと再会を誓いあった後お別れする。

その後、ホテルのレストランで肉とパスタを注文し食べるが、途中で睡魔におそわれレストランの食事中に眠ってしまう。裕美に起こされ部屋に戻りベッドで寝るが、あまりよく覚えていない。

 

15日朝、シェラトンを出発する前に近くの本屋さんに行った時、波動の良い画を買ってきた。

そして13:30クラフクを出発しミュンヘンに14:50着。ミュンヘン16:30に離陸し目的地テーゲル17:40着。

そしてタクシーで30分かけシェラトン(ベルリン)に到着する。

 

ヴァヴェル城

ヴァヴェル城

ヴァヴェル城

ヴァヴェル城

ヴァヴェル城内

ヴァヴェル城内

ヴァヴェル城内より街を望む

ヴァヴェル城内より街を望む

城下町の夜景

城下町の夜景

城下町を走る市電

城下町を走る市電

ポーランド伝統料理店にて

ポーランド伝統料理店にて

ミュンヘン空港内

ミュンヘン空港内

シェラトンレストランで眠ってしまう

シェラトンレストランで眠ってしまう

岩塩坑道内

岩塩坑道内

アウシュビッツ

アウシュビッツ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポーランド、ドイツに出発   2018.11.12~11.13

11月11日(日)JTOCの授業が終わり、クチェラD.Oを夕食にお誘いし感謝の気持ちを伝えお別れした翌日、私はポーランドとドイツに向け出国することになる。

朝から出発のため荷物をまとめ、事務所の仕事も全て終了させ、6:00pmにタクシーに乗り込み伊丹空港へ。

 

8:30pmに伊丹空港を離陸し9:30pmに羽田に到着。ここで知り合いのCAと裕美が連絡を取り合って待ち合わせており、久しぶりに3人で食事でもしようかと(一杯飲もうか…と)いうことになり空港1Fのレストランで2時間ぐらい飲みながら軽食をとる。

裕美とCAは酒を飲んでいたが私はコーラを6杯も飲んだ。出発は2:30am(深夜便)なので十分時間はある。11:00pm頃に別れて我々は国際線ターミナルにタクシーで移動。

 

ポーランド通貨のZT(ジルチ)に少しの日本円を両替したり、退屈な時に読む本を2冊買ったりした後、ラウンジに行きカレー、寿司、パスタ、ビスクスープ、点心、生春巻き、うどんなどをバランスよく腹一杯食べた後、新聞を読んで時間を過ごす。つまり、ラウンジで食事をとり飛行機の中では食事をせず「すぐ寝る」という作戦をとったのだ。

 

映画も私の好きそうな物がないのでちょうどよかった。この作戦が当たり2:30am離陸後すぐに眠ってしまい、飛行機の中で4時間ぐらい眠れたと思う。眠れるとやはり結構楽だ…。

 

6時間ぐらい過ぎると少し小腹が減るのでラーメンとうどんをバランスよく食べる。

ちなみに飛行機が向かっている先はヒースローだ。ここでBAに乗り換えてクラクフ(バリツェ空港)に1:40pmに到着予定だ。ヒースローからバリツェ空港までは約4時間の空の旅となる。そこからタクシーで約30分でポーランドの宿泊地シェラトンホテルに到着。

 

BA(ブリティッシュエアー機内にて)

BA(ブリティッシュエアー機内にて)

ポーランド上空

ポーランド上空

バリツェ空港

バリツェ空港

シェラトンホテル

シェラトンホテル

 

 

 

 

JTOC1期生 マイク・クチェラD.O.,FAAO 講義 2018.11.9~11

ロンドンから帰国し、時差ボケがやっと治りかけた11月9日(金)~11日(日)にかけて

JTOC1期生の「慢性機能障害」に対する講義が始まった。

クチェラD.Oは前日朝に神戸入りした後、寿司ランチをとりホテルで休憩。夕食時に私も加わり通訳と計4人で天ぷらを食べに…。天ぷらが大変気に入ったようで何よりだった。

 

さて、9日から始まった慢性機能障害に対する授業だが、慢性気管支喘息から慢性閉塞性肺疾患など呼吸器の問題に対して多くの時間を割き、メカニズム、エビデンスに基づくオステオパシックアプローチを教えていただき、その他にTMJ、肩関節、膝関節、鎖骨、下肢の動脈の解放なども教えていただいた。

下肢の動脈の解放はムズムズ病に効果があるといわれたので、生徒の中でその病気を持っている者が実際モデルになって治療をしてもらうと動脈の解放が感じられ下肢のムズムズが楽になったそうだ。

想像通り(予測通り)クチェラD.Oの講義はいつもながら上手で、生徒を前のめりに惹きつけるものがある。特に関節やクラニアルの技術は特に上手い。

生徒からの質問にも丁寧に答えてもらえることもあり、生徒の人気は高いものがある。

そして今年から、クチェラD.OはJTOC講師として毎年来日していただくことになるのだ。

これにより私の毎年会える喜びが増えることになる。

 

本当に素晴らしい授業だった。

長期海外出張レポート 第6回目 10月19日

10月19日(金)、MIH(モリナーリ・インスチュート・オブ・ヘルス)カンファレンスが始まる日である。

ホテルで朝食を済ませカンファレンス会場へ向かう。8:30am~受付が始まり、9:00am~カンファレンスだ。

私の出番は4:00pmである。午前中は私の出番までまだまだなので気持ちも落ち着いていたが、ランチが終わるころになると気持ちが落ち着かなくなってきた…。

そして3:45pm~4:00pmまで休憩。

この時の緊張感はハンパじゃない。日本人のメンバーは全員外に出て、タバコを吸う者に付き合っていた。

その時になって伊藤が私にいらんことを言ってくる(笑)。

 

伊藤「会長、座長としてのテーマが小児の健康ですから、会長がいつも言っている頭だけを診るんじゃなく仙骨や足首を診るんだ!ということを言いましょうよ!」

下村「アホか!お前今頃になっていらんことを言うな…!せっかく暗記していることを忘れてしまうやないか!」

と言うと、他のメンバーも次々と伊藤と似たりよったりのことを言って、私の頭の中を混

乱させてくる(笑)。

こいつら、私が失敗するのを楽しみにしているのかも…。

 

休憩が終了し、4:00pmに再びカンファレンスがスタートする。

いきなり私の出番だ。

レンゾーが私のことを会場の200名に紹介してくれステージに呼ばれる。

そして覚悟を決めてスピーチをする。

 

下村「ハロー エブリバディー! マイ ネーム イズ アキヨシ シモムラ」

から始まり少しずつ会場の空気に慣れた私は全力でスピーチを行った。

後になってMIHのスタッフやレンゾーからとてもよいスピーチであったと誉めていただい

た。

バージニアでチラ先生のセミナーが終わった時は、四肢の筋緊張がスーッと消えていった

のを感じたが脊柱の緊張が残ったままだった。しかし、このスピーチが終了した時に全て

の緊張から解放されたのを自覚できたのは自分自身驚いた。

最後の夜は全員でホテル近くのイタリアンで食事をする。

 

今回、ロンドンにJTOCの生徒を連れて行って一番嬉しかったことは、連れて行った生徒

全員がJTOCの教育水準の高さを実際に理解してくれ「これなら何も全員海外講師でなく

ても日本人講師でも充分出来るクラスがありますよね…」と言ってくれたことだ。

これは私にとって本当に嬉しかった。

つまり海外のオステオパスに対して引けを取らないだけの自信と誇りを日本人自ら持って

くれたからである。

 

そして帰国する日、私と裕美はMIHからの送迎タクシーで空港へ向かい、他のメンバーは

地下鉄で空港へ。

空港ラウンジで会うことはなかったが、搭乗ゲート近くで他のメンバーと合流し、同じJAL

便で無事日本に帰国! 空港で解散式を済ませ各自自宅へ…。

23日の夜10::00頃、私は神戸に到着。

 

そして1週間経った今でも時差に苦しんでいる。

 

完結

 

カンファレンス

カンファレンス スタート!

 

登壇前の休憩の様子

登壇前の休憩中

 

いよいよ登壇!

いよいよ登壇!

 

大役を終えて

大役を終えて・・・

 

長期海外出張レポート 第5回目 10月13日

10月13日5:00am ヒルトンガーデンホテルを、5人(私・裕美・伊藤・前田・東山)が出発しロアノーク空港に6:00am到着。

7:35am シャーロットに向けて離陸する。そしてシャーロットには8:54am着。

 

ここから2つの組に別れる。

1つの組 私と伊藤の2人は、シャーロットから大西洋を渡りロンドンに向かうのだ。(ちなみに私が大西洋を渡るのはこれで2度目になる)

 

もう1組の裕美・東山・前田は日本に帰国する。

通常なら裕美は私に帯同するのだが、今回はなぜ一旦帰国するかというと、JTOC講師のジェーンスタークD.O.(CAN)とデオーラD.O.(UK)の2人に対しJTOC講師を務めていただいたお礼を兼ねて食事をするためである。

ブログを見ておられる方は、たったそれだけのために…と思われるかもしれないが、それだけのためである。

JTOCが順調に滑り出せたのは、こういった講師一人一人の理解と協力があってのことであり本当に感謝している。そのお礼をしたいのだ。

 

最近H.PやFacebookなどには、きれいに整えられた文章で「感謝」という言葉が多々見受けられるが、正直なところ私は違和感を覚える。私だけかと思い、同年代の者に聞いても殆んど同じ回答をする。

時代が違うのかもしれないが、我々が育った時代は、困った時に一晩泊めていただいたり、お金がなくまともに昼飯でさえ食べられなかった時に、腹一杯食べさせてもらった時は、その方に対しての恩を忘れることなく、それ以降は感謝の念をもって接していたし、その方が困った時は一生懸命に手伝わせていただいたものだった。

 

つまり、「感謝」という言葉を形に変えて伝えるのが普通だった。しかし、最近のテレビやH.Pを見ていると、「感謝」という言葉は頻繁によく使われてはいるが、多くの場合自分自身を美化するために使っていると感じる事の方が多い。なぜなら実際、とっている事や言動はまったく反比例している事が多いからだ。残念な事だ…。私はそういう事はしたくない。だから、そのためだけにこそ、裕美には一旦帰国してもらったのだ。

 

そして裕美が日本をロンドンに向けて出国する時には、違うメンバー4人を連れてくることになっている。

その4人とは、JTOC1期生の石橋・鳥海・井上・牧野の4名である。

そのロンドンで何があるのかだが…。MIH(モリナーリ・インスティチュート・オブ・ヘルス)のカンファレンスだ。そしてJTOC顧問であるレンゾーのオステオパス40周年のお祝いも兼ねている。

 

そこでの私の仕事とは「子どもの健康」というテーマの座長をしてほしいという依頼が半年前にレンゾーよりあったのだ。

正直なところ、そういった仕事は苦手なので、一旦「考えさせて下さい」というメールを出した後、すぐに遠回しで断ろうと思いメールを書いていたところにさすがレンゾー。私の気持ちをよく読んでいる(笑)。

レンゾーからメールが届いた。

「必ず来るように!」

 

これで万事休す。ロンドンに回るとなれば、日本を3週間空けることになる。さずがに1か月内で3週間も仕事を休んだことがない…ん、あるか?(よく考えたらこれまでにも2回ぐらいある)。

とにかく、患者さんにはここ数年、迷惑のかけ通しなので2週間の海外出張で帰国したかったのは本心である。

しかし、仕事を引き受け行くとなったからには、レンゾーに恥をかかせるわけにはいかない。

座長として何を喋り、2人の講師をどの様に紹介するかを考えただけで頭の中がいっぱいになり、これが原因で、この仕事を無事に終了させるまでは、この事が脳ミソから離れることはなかった。

 

さて、シャーロットからロンドンに出国する2人。つまり私と伊藤だが、ロアノークからシャーロットに到着したのが8:54am。ここからロンドンに向けて飛び立つのが8:00pm

…ということは、乗り継ぎまでの待ち時間が時差も加えると実に12時間もある。

2人とも、ラウンジに入れるクラスを持っているので、AAのラウンジに入り時間をつぶそうとするが、12時間はさすがに疲れる。

私はドリンクを飲んだりフードを食べたり居眠りをして時間をつぶすが、それでも時間を持て余していた。

片や伊藤はというと…正直なところ、私の知らない意外な一面をみた。伊藤はパソコンなどを上手く使えるので、今年の秋からJOPA新企画セミナーで伊藤が教えるプレゼン資料の内容の作成と見直し、そして色んな論文などを寝ることもせず目を通していたのだ。

 

そしてやっと8:00pm予定通りシャーロットを離陸、約7時間の空の旅を終えヒースロー空港(ロンドン)に到着したのが14日の9:00am。

MIHからの迎えのタクシーに乗りホテルへ。荷物を預けて、近くを散策しに出かけることに…。そうこうしている内に昼になったので、伊藤との最初の食事は、ホテル近くのイタリアンに入りパスタとピザをそれぞれ食べた上に、コーヒーを3杯もおかわりして何とか時間を引き延ばし3:00pmになったのでホテルのフロントへ。

 

この時からカンファレンスが始まる19日までの数日間、伊藤と2人でロンドンで過ごす。

しかし、これまで2人だけで話したことはなかったので、色んな意見交換が出来、大変有意義な日々を過ごせたと思う。

特に伊藤は、私のカンファレンスで喋る内容について意見を述べてくれたのはとても有り難かったし参考になった。

ここで改めて礼を言いたい。有り難う 伊藤!

 

そしてこの間、ランチやディナーの時に、伊藤が選んだレストランはどれもとても美味しく素晴らしかった。

 

さて、日本からロンドンに向かった4名は、カンファレンスの2日前(17日)にロンドン入り!

そこでMIHに参加するメンバーが全員揃った。

私・裕美・伊藤・石橋・井上(康)・牧野・鳥海の7名だ。

18日は、私と裕美を除くメンバーは、ドーバー海峡とドーバー城を見に行ったそうだ。

私は以前に行ったことがあるので行かずホテルで休養しがてら、座長としてしゃべる内容を考えていた。

そして18日の夜は全員集合しホテル横のパブで食事をする。食事後、私はスピーチで喋る内容を紙に書いてまとめることにした。

6時間ぐらい考えた末、なかなか上手い内容が出来上がった。そして何度も時間内で喋る練習をしてベッドに入るが全く眠ることが出来ず翌朝を迎えるのである。

 

今日はここまで。

 

空港にて

空港にて

 

パブにて

パブにて

 

長期海外出張レポート 第4回目 10月7日

今日の朝は早い・・・というのもバージニアに向けての移動日だからだ。サンディエゴ→バージニアとなるとアメリカ西海岸から東海岸への移動となり時差も3時間ある。

3:40amに起床し、4:50amホテルを出発する。サンディエゴを6:20am発の飛行機に乗るためだ。

 

サンディエゴ→シャーロット→ロアノークへ乗り継ぎロアノークに到着したのが5:10pm。そこからタクシーで約一時間宿泊地であるヒルトンガーデンに到着したのが7:00pmである。ここのホテルで日本から直接来た先遣隊メンバーと合流、先遣隊のメンバーは伊藤・前田である。したがってバージニアでのメンバーは計5名となる。

 

つまり私と裕美、東山、伊藤、前田のメンバーだ。では、バージニアまで何をしに来たか・・・だが?

 

松茸狩り!・・・ではない。

 

Anthony G Chila D.O.の頭蓋セミナーを受講しにきたのだ!ここまでのいきさつを簡単に説明しておこう。

 

Chila D.O.は日本で教える時はJOPAのメンバーにしか教えない・・・と Chila D.O.の方から明言して下さっている。

そして2回目に来られた時に頭蓋も教えても良いということをおっしゃって下さっていた。

しかし、しばらくして体調を崩されたので回復されるのを私は待つことにした。

 

4年ほどすると北米などで教え始められたので日本で頭蓋を教えてもらえるようにセミナー依頼をしたが何故かいい返事が返ってこない。ならばこちらからオハイオ州まで行くと言ってもいい返事が返ってこない。変だな・・・Chila D.O.は約束は守るはずなのに・・・まだ体調が十分でないのかなとも思いながら時が過ぎていった。そして今年の3月JOPAメンバーに加入してくれているバージニアオステオパシー大学(VCOM)卒の吉野允D.O.(USA)と会った時に「Chila D.O.の頭蓋セミナーを受けものすごく良かった」ということを聞き、私の内にあったマグマが火を噴いたのだ。もう一度、直談判しよう!

 

私の気持ちを綴り、何とか教えて欲しいという気持ちを伝えた。すぐに返事が返ってきた。Chila D.O.の特徴としてハッキリとは答えないが結果はダメだという内容でどう考えても普通なら諦めざる得ない内容である。

要約するとアメリカのオステオパシー大学の卒業生であること、そして卒業生でマニピュレーションの積極的な実践者であること。はっきりダメだとは書いていないがマニピュレーションを積極的に実践しているD.O.(USA)のみに教えていてMDも大学の学生も参加できないことが分かる。つまり遠回しではあるが、かなり強く私に対して断ってきているのが、私のようなアホでも分かる。

 

普通なら誰もがこれで諦めるであろうと思う。普通なら・・・だ。

しかし、私は普通ではない。もう一度手紙を書いたのだ。その手紙の内容を書くことは出来ないが、そういう気持ちにさせたのは、古くから私を信じて頑張って付いてきてくれている者に対して私からの御礼と感謝の気持ちを形にして伝えたかった。そしてこれまで私が何を見せ教えようとしていたのかを理解し、分かってもらいたかったからである。

 

普通ならすぐに返ってくるはずの返事が1か月以上経つのに返ってこない。(なぜすぐに返事が返ってこなかったのか、後で分かるのだが・・・)ということは Chila D.O.を怒らせてしまった。どうしよう・・・という思いだった。

そういう思いを引きずりながら、本来サンディエゴでするはずであった仕事の準備にも取りかかりロンドンでの仕事の依頼内容についても考え始めていた。

しかし、 Chila D.O.からの返事がこないことが気にかかり、思うように準備がはかどらない。そしてサンディエゴに向けて出発するという1か月前になって Chila D.O.から返事が届いたのである。ただし、かなり厳しい条件が付いていた。

1)JOPAのメンバーであること

2)頭蓋の40時間をアメリカで受けている事

3)頭蓋の40時間の講師がアメリカのD.O.であること

その他にこのコースはAAOやCAで認定されないかもしれないということや参加人数は6名以内にすることなどなど…が書かれていた。これらの条件すべてを満たしていないといけないのだ。chila D.O.先生からの条件を満たす者は、私を含め5名である。下村、前田、東山、近藤、伊藤である。今回、残念ながら近藤は仕事の休みがもらえなかったので参加出来なかった。

このChila D.O.の頭蓋コースがバージニアオステオパシー大学であったのだ。このバージニア大学には以前、別の用事で来たことがある。したがって今回の訪問は私にとっては2度目ということになる。

 

さてさて8日~12日までの5日間で開催されたこのセミナーは参加したメンバー全員が大変喜び感謝してくれた。そしてこれまで私がJTOCの学生やJOPAのセミナーの受講生に対して教えていたことがすべて繋がったと言ってくれた。特に連れて行った前田、東山、伊藤の3名全員が「JOPAで何年も膜について教えてもらっていたからこそ、十分に理解しついて行くことが出来た」と口々に感謝の気持ちを伝えてくれたことは嬉しかった。

サザーランドやベッカーなどが残した言葉の深い意味や技術それによって身体がどう変化するかなど実習を通じて多くを学ばせて頂けた。

伊藤は当所私が「バージニアに行く」と皆の前で発表した時「どうせ一人で行くんだろう・・・」と思ったそうだ。だけど、そうせずに条件を満たす者は決められた人数内で連れて行くと言った時は本当にびっくりしたそうだ。このブログを見てくれている会員やその他の方に対して言っておきたい。私は、もはや自分のためだけに学校や協会等の運営をやっているのではない。日本の未来のために仕事をしている。何が言いたいかというと、もし、ほとんど何も出来ない者や技術力が劣る者を海外のセミナーに連れていくと、どう思われるか分かりますか?あるいは考えた事がありますか?海外のシンポジウムやカンファレンスなどはまだマシだとしても、セミナーに海外から参加するとなるとある意味その国の代表と見られてしまう。そこにまだ右も左もよく分からない者を連れて行くと、行った本人は喜ぶだろう。全く内容について行けなくても待合室に終了証を貼れば、箔もつくだろう・・・。

またホームページに「行ってきました・・・」と書き込むことも出来るだろう。ある意味自由である。でもそのお陰で日本のレベルが低く見られ、本当に来て欲しいD.O.に来てもらえなくなるということが実際にある。つまり周りの団体に迷惑をかけることになる。もちろん、本人達はそういう意識はなく、自分のことしか考えてないのかもしれないが・・・。

テレビを見ていても、現在の多くの日本人は自由という言葉を声高に言うが義務を負わない…。残念なことだが。

 

JOPAというより、日本のオステオパシー界が一人の行動で低く見られてしまうのは、本当に残念で恥ずかしいことだ。私がこれまでシンポジウム以外に何故会員やJTOC学生をセミナーに連れて行かなかったかというと、この様に思われることが嫌だったからだ。でも、JTOC卒業生やJOPAのセミナーで頑張りJCEOメンバー登録された者に関しては条件に合う中で海外にも連れて行きたいと考えている。もちろん、多人数は難しいかもしれないが可能な限り海外に連れて行き、JTOCの教育レベルやJOPAのセミナーの高さを証明したいと思っている。それだけの自信はある。

 

5日間のセミナーだが、連日時差が合わないことに苦しんだ。睡眠薬を飲んでも3時間ぐらいしか眠れないのだ。もう一つはロンドンでの任務が常に頭から離れないことも大きかったと思うのだが・・・。

2日目の夜の10時頃サンディエゴで買ったカップラーメンを持って、お湯を入れてもらおうと1FにあるBarに行くとカウンターに東山、伊藤、裕美の3人が酒を飲んでいたので、慌ててカップラーメンをお尻の後ろに隠した。

伊藤「先生、こんな時間にどうしたんですか?」

下村「お前らがここにおるやろと思って降りてきたんや!」

東山「嘘言ってもダメですよ、今右手で隠したのはカップ麺ちゃいますのん?」

下村「うん?おぉほんまや、なんでわしの右手にカップ麺があるんやろ!」

東山「ようこんな時間からラーメン食いますねぇ・・・」

と、こいつらわしを笑いのネタにしやがった(笑)こうなることが瞬間に分かったので慌てて隠したのに・・・。

 

まぁ夜にはこんな笑いもあり、無事5日間のセミナーが終了したが、最後の日に終了証を渡される数時間前、こんなことがあった。

終了証を参加者に渡すのに我々日本人4人に質問されたのだ。

「このセミナーはAOA認定セミナーですが、皆さんはAOAのメンバーですか?」

AOAとAAOの区別が付かない方もおられると思うので、簡単に説明しておこう。AOAというのはオステオパシーの最高(最上位)の組織でその傘下にAAO、CA、SCTF・・・その他のいくつもの団体がある。Chila D.O.のセミナーはこのAOA認定のセミナーだったのだ。これですべてが理解出来た。つまり、本来このセミナーにはアメリカのオステオパシー大学を卒業したD.O.(USA)でなおかつ積極的にマニピュレーションを実践している者しか参加は出来なかった。そこにイレギュラーな我々を参加させるためにChila D.O.はダイレクターやトレーナーの先生方に約1カ月間かけて働きかけ、説得して理解を求めて下さっていたのだ。

トレーナーの内1人でも反対する方がおられれば、恐らく我々は参加出来なかっただろう。

いつもならすぐ来るはずの返信が約1か月かかったことから考えてみてもChila D.O.は我々のために大変な努力をしてくださったことが分かる。

 

説明が少し長くなったが、我々はAOAのもちろんメンバーではない。したがって「いいえ、AOAメンバーではありません」と正直に答えた。

それによる返事が以下である。

「AOAメンバーで無ければ、終了証は出しますが、AOA認定の40hを書くことは出来ませんがよろしいですか?」

当然のことなので

「もちろん、理解しています。お気遣いありがとうございます」と返答した。

我々4人は終了証を頂いたが、当然ながらそこにはAOA認定40hという言葉とChila D.O.のサインは入っていない。

ある意味、それぐらい厳格なセミナーであった。

こういったセミナーが本当に価値あるセミナーなのだ。これまで頭蓋セミナーはいくつも受けたが今回のChilaD.O.のセミナーは本当にすごく素晴らしい内容のセミナーだった。

 

なお、今回のセミナーは写真、ビデオは禁止であったので、セミナー中の写真などは一枚もない。

 

いつも不思議なのは裕美のことだ。裕美はいつも私によく怒られてはいるが、外国人の受けはいつも驚くほど良い。普通ならセミナー会場から出ていかなくてはならないのに裕美のやつ、ついてきたのは初日と最終回だけだったが、初日の日に会場に残ったままJOPA会員へのハガキを書いていた。

 

そして終了日にダイレクターのD.O.から言われていたことは「是非、またVCOMに来て下さい。会場にいてもらっても構いませんよ・・・。」だって(笑)

 

私は海外のD.O.と友好を深めるのに大変な時間と労力を要するのに、裕美はなぜかほとんど数分で皆から気に入ってもらっている。不思議な女や!ここだけはこいつに勝てない(笑)

 

しかし、VCOMで私の旅は終わらず、これからロンドンに渡り23日まで帰れないのだが、少し早いかもしれないが23日に帰国し数日過ぎた時、伊藤、東山、前田の3人からメッセージ入りのハガキが届いた。私はまったく知らなかったのだが、どうやらアメリカ滞在中にハガキを書き、感謝の気持ちを書いて投函していたようだ。こういった気持ちは本当に何物にも代えがたく嬉しいものだ。しんどくて辛くてもまた頑張ろうという気持ちにしてくれる。

 

もちろん、3人にはハガキに対するお礼を言った。

 

そして、日本に帰国しChila D.O.にお礼のメールを送った返信の中に「よくここまで業界と組織のために頑張ったね」ということを書いて下さっていた。

この文章を見た時に、Chila D.O.は私のこれまでの苦労を本当にわかって下さっているんだと感じ、恥ずかしながら思わず涙してしまった。

本当に嬉しかった。

 

セミナー前

セミナー前

 

セミナー後にチラ先生と

セミナー後にチラ先生と