下村彰慶 オステオパシー人生のブログ|日本オステオパシープロフェッショナル協会

鹿児島(指宿)特別セミナー     2019.2.17

2月16日と17日の2日間において、鹿児島(指宿)で特別セミナーを開催した。

予定していた名古屋と静岡では最低催行人数が集まらなかったので、私は休息日としようとしていたのだが、それを知った牧野から矢のような催促が…。(笑)

 

しかし、開催するにしても10日前なので生徒が集まるはずがない…。

それで牧野に聞いてみた。

 

下村「マッキー 10日前やのに集められるんか?」

牧野「ハイ。どんなことをしても絶対20名は集めます!」

下村「ほんまやろなぁ…。飛行機のチケットも買わなあかんしなぁ…」

牧野「ハイ。自分にまかせて下さい!」

 

と、力強い返事。普通は頼もしい!と思うのだが、これまでの経験から…。

で、私も少し協力するか…という気になり

 

下村「わかった。セミナーテーマは何がいい?」

牧野「最近、首の痛みの取れない人が多いのでその辺のところを…」

下村「わかった。それは頚椎の問題ではないからや。それではセミナーのテーマは

頭蓋・頚椎と心臓の関係にしたらええ」

牧野「えっ、本当ですか。必ず集めますのでよろしくお願いします」

とのことだった。

指宿は1年ぶりで、私も大好きな所なのでもし集まらなくても久しぶりに休息にでも行くか!と思っていたら、マッキーのやつ本当に集めやがった。

こいつの勉強に対する貪欲さには本当に驚いた。

 

土曜日は10名。日曜日には更に10名が加わり20名になるとのこと。

そして、いつも通り土曜日に一人デモンストレーションを行った。

右膝の半月板損傷により手術をしているPTで頚部痛と腰痛及び膝の違和感がある。

もちろん、デモの治療はうまくいった。

 

そして、土曜日には心臓について教え、日曜日には二人に対してデモンストレーションを行った。

一人はPTで副鼻腔炎と右上肢の内転痛と制限がある。

もう一人もPTで、慢性腰痛で数日前の発熱により症状が悪化している。既往症として、肘・有鈎骨・膝を手術している。

ただ、今回のデモでこれまでと変わったことは、二人同時に平行して行ったことである。

つまり、一人に対しては、オステオパシーの診断に基づく針治療のみ(副鼻腔炎)、もう一人に対してはマニュピレーションのみ行ったのだ。そして二人とも完璧な結果を出した。

 

その後、セミナーを開始し脊柱や靭帯・心臓に対するアプローチを教えたのだが、受講生は大喜びで満足してもらえたようだ。

何よりも診方に対してとても喜んでもらえたようだ。

やはり、みんな変化を出せるようになりたいんだなぁ…と思えた瞬間でもある。

 

神戸に帰って2日目ぐらいに牧野に電話すると「これまで取れなかった痛みが取れるようになりました!」とのこと。

まぁ「よかった」の一言だ。

 

そうそう、今回は指宿に行って驚いたのだが、5年前は道路からハッキリと見えていた桜島が、年を追うごとに少しずつ見えにくくなっていたことに気づいてはいたが、1年ぶりに行ってみると晴れているのに殆んど見えないことだ。

神戸よりも、大気汚染はかなり深刻だ。当然「咳喘息」やその他の不具合のある患者さんが多いのも理解できる。

それも考えると、やはり行ってよかったと思えた。

 

JTOC1期生専門課程4年次最後の授業   2019.2.13

2月10日~13日の4日間にわたり、1期生専門課程最後の授業を行う。

科目は婦人科だが、産科と小児の内容も盛り込まれた濃い内容の授業で生徒は全員大満足であった。

 

講師はJTOC顧問を務めてもらっているレンゾー・モリナーリD.O.だ。

彼はイギリスにおける著名な婦人科医100人の中にMD以外でD.O.として唯一選ばれたオステオパスでもある。

 

婦人科・小児のセミナーは海外で何回か受けたことがあるが、彼の教える能力及び技術力には、やはり唸らせるだけのことはある。

そして教え方も紳士だ! 他のオステオパスが開発した技術や理論に対しては正直に伝え、自ら開発した技術に関しては、その開発に至る着目点(論拠)などから説明を始め、他人の技術を自分が開発したようには決して言わない…。そして結果が素晴らしいのだ。

 

彼に顧問となってもらい本当に良かったと思えた4日間だった。

 

そして、この授業にあたりモデルとなって下さった女性全員に感謝したい。

こういった方々の協力なしには、今回の授業は成立しなかったからだ。

そして、この4日間の授業が始まる前日に、最後の実技試験がレンゾー立ち合いのもと行われたが、無事全員合格することが出来た。

 

ブログを見ておられる方は、どうせ民間の学校だから甘くしたのだろう…と思うかもしれないが、私もレンゾーもそんな性格ではないし、実際にこれまでそのようなことはしていない。

これは、生徒に知り合いがいれば聞いてもらえれば分かることだ。

一期生は、よくまとまっており、何回も集まって助け合って練習していたのを知っているし実際に見ている。

 

全員合格おめでとう!

 

後、1期生のみんなと会えるのは、4月のKCOM(カークスビル大学)から義務づけられている脳の解剖ビデオ学習、5月にKCOMで行われる膜を中心とした解剖実習、8月の脳神経(講師が病気で予定通り来日出来なかったための日程変更)、10月の脳神経核と心臓弁、そして来年2月の卒業式である。

研究課程では実技テストはないがペーパー試験はある。

 

頑張ってくれ!

症例報告

今回の症例報告は、54歳の女性で高血圧について書く。

ご主人がOsteopathy Firstで受診されていることから、奥様が来院されることになる。

 

主訴として、頭がフラフラするので内科で血圧を計ると230/105mmHg だったらしい。

薬は副作用があるので飲んでいないというので、私は、副作用の心配をする前に血管が破裂すると死に至ることもあるので必ず飲むようにと話してから治療を始めた。

 

まず、触診をしてみると想像していたことではあったが、後頭顆がめり込んでおり、後頭部~頚部が細くなって締まっている。自覚症状は、首・肩のこりと頭のフラフラ感。

治療は、松果体ホルモンを働かせるために手綱三角をリリースさせる。

そして、その後に脳底部~左右の内頚静脈そして心臓弁を治し終了する。

 

治療後、首・肩のこりは消えていたが、当院に血圧計は置いていないので計測してもらうように指示。

“多分、これで血圧は下がると思う”…ということだけ伝えた。

 

計測してもらうと、翌日には 185/105mmHgとなっており、3日後には 150/85mmHgとなったらしく首・肩のこりやふらつき感も消失し、本人もビックリしていた。

ちなみに、やはり薬は飲まなかったらしいので、もう一度厳しく注意をしておいた。

 

治療家の方が、このブログを見ていれば何かの役に立つかもしれないと思い書いてみた。

症例報告

10歳  小学生  男子

口唇ヘルペス及び喘息で体調が全体的に良くなく来院。

 

患者さんは珍しい経験がある。

小学校で友達が誤って消火器を倒して、消火剤をばらまいたのを運悪く吸ってしまった経歴である。

診てみると、左内頚静脈、動脈管索、脾臓、虫垂間膜、右第4中足骨と楔状骨の関節に問題があり、うまく呼吸と排液が出来ていない。

 

ということで、SBSの減圧、尾骨のリリース、右第4中足骨をリリースした後、心臓弁をACE(電磁波吸収チップ)を使って頭蓋反射テクニックでリリースする。

治療後、お母さんにチェックしてもらうと、口唇ヘルペスの痛みは消失し色も枯れたような色になり、呼吸も楽になり元気に帰って行った。

症例報告

1月27日(日) 京都1dayセミナーの受講生のお子さん(1歳)のアトピー性皮膚炎について書く。

 

ちなみに、お子さんのお父さんはJTOC2期生、お母さんは3期生の生徒でもある。

 

昼休みに、会場にいた受講生の見ている前で治療をしたのだが、顔面はアトピー性皮膚炎のため真っ赤になっており激しくかきむしった跡があり、あまりにも痛々しい。

触診をしてすぐに感じたのは身体が硬い(赤ちゃんの割に…)。

例えば、大泉門は通常ならペコペコへこまなければならないはずなのに硬い。

身体を反らすような姿勢を好み、丸めるような姿勢をとるのに抵抗がある。(最近はこのような小児が多い)

 

それで行った治療は、お母さんに抱っこしてもらったまま後頭骨と仙骨に手を当てもらい、私は、お母さんの両肩に手を当てお母さんの両腕を誘導しながらコアリンクをリリースし、そこに、お父さんにも協力してもらい、尾骨を利用して尾骨から肝臓をリリースする方法をもって両方を同時に解放する。

 

もちろん、1回で全てが解決するわけではないが、治療後には赤ちゃんの顔面から赤みがかなり減退していたことから、ご両親はオステオパシーの素晴らしさを改めて感じられたようだ。

久しぶりの症例報告   2018.11.28

今回の症例は、一般的にオステオパシー治療でカバー出来るのかどうか…という境界線の1つでもあると思われるので、お父さんの了解を得た上でブログにアップさせていただくことにした。

患者さんはまだ小学生であり、今後の将来も考えると顔写真・氏名・年齢など本人特定につながる事はすべて削除し、頭皮の写真のみを上げさせていただくことにした。

当院(Osteopathy First)に来院されるきっかけとなったのは、患者さんのお父さんが私のセミナーを受講されたことがきっかけとなり、一縷の望みを持って来院されたことに始まる。

 

患者さんは 男子 小学生

主症状は、脱毛症で髪の毛がすべて抜け落ち両眉毛もない。

その他の疾患として、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎がある。

既往歴に注目していただきたい(非常に注意して考察する必要があった)

 

2歳頃 転倒し前歯を折る

4歳頃 上顎前歯に後方に生えた不要な歯が2本あるといわれ切開手術して抜歯する

5~7歳にかけて虫歯を多く抜いた事からその間を埋めるために小児義歯を入れる

10歳頃 転倒し左手掌を切創縫合するが、そこから菌が入ったため腋窩リンパ節が腫脹し発熱。点滴を1週間受ける。

11歳  急激に髪の毛が抜け始め脱毛状態となり、病院へ行くが原因不明で髪の毛が生え

てこないため来院される

 

(考察)ここでまず私が思ったことは、歯にまつわるトラブルが年齢の割に非常に多く、また一つ一つの問題が大きいこと。

そして左手掌部の切創縫合の問題もやっかいなことが多いということである。

簡単に説明すると、7歳頃までは脳頭蓋が発達するが、7歳頃からは顔面頭蓋が発達してくる。その発達が始まるまでに強い外傷が加えられた場合、成長過程において精神的・機能的にいろんな問題を引き起こしても不思議ではない。なぜなら、歯も歯根膜によって身体と連結しているからである。

そして手掌の筋膜は比較的厚い。こういった厚い膜を縫合した場合、多くして膜の強い張力を生み出すことになり、この力が離れた所の骨膜や神経・血管などに影響を与えていることがよく見受けられるからである。

そしてこういった脱毛症の患者さんは、私の見解として、まず100%といっていいほどお腹が硬い。特に腸間膜が硬いのである。

 

この患者さんの場合、アレルギー性鼻炎とアトピー性皮膚炎もあるので触診をする前に経験から、腸間膜以外のお腹の状態と胸郭臓器の状態は想像できていた。そして触診により私の予想は的中していた。

またこういった疾患を持つ方は、乳製品や糖質をよく摂っている方が多く頭皮も硬い。

頭皮が硬い(正確にいうと頭皮だけが硬いのではなく縫合も含め頭全体が硬い)ということは、突き詰めて考えると動脈血が十分に届かず、静脈の排液も十分でないと私は考えている。つまりここで流体の循環がうまく行われないため毛根が抜けてしまうと私は考えているのだ。

 

最終的な治療方針は、頭を柔らかくするようにもっていくのだが、そのためには何が主な原因で硬くなったかを考える必要がある。このような症状の場合、外傷以外にもいくつかの要素が加わっているのが通例である。

そして必要に応じていくつかのテクニックを用いた治療を行うのである。

 

一般的には、強い精神的なストレスに加え日常摂取している食品の2つと、これまでの生活によって作られた構造的な問題の3つが相絡み合っていることが多いのだが、今回の場合は外傷と食品の問題が強く、精神的なストレスの割合は少ないと判断できたので状態の割には治療は思ったよりも楽であった。

 

今回の症例報告は、8回目の治療(月に1回 1時間の治療)が終わった時点で書いているが、2回目の来院時には既に産毛が生え始めていた。

 

(初見) 初診時、初見として代表的なものだけを記すと、頭全体及び左右の視床が硬い上に幅が狭い。

心臓が締まっている状態で心臓の可動性がかなり少ない。

SBSの圧縮が強い。仙・尾骨の圧縮が強く、コアリンクがタイトである。

仙腸関節の可動性がほとんどない。

恥骨膀胱靭帯が非常に硬い。

特に三尖弁の機能障害がある。

 

(治療) 毎回の治療内容を記すのは大変なので、初診時・4回目・8回目の治療のみ記す。

 

4月18日初診時  左右の視床と三尖弁に対しACEを使って治療。

7月25日  頭蓋反射テクニック、クラニアル、右視床の固着の切り離し。

11月28日  仙・尾骨のリリース、第3脳室と大脳基底核のバランス、自律神経の調節、ホルモン。

 

月1回の治療で現在8回治療したが、髪の毛は真っ黒になっており眉毛も半分ほど生えてきている。

 

このように髪の毛が簡単に生えてくることは珍しいが、比較的改善される確率は高いと思う。

今回の場合は精神的なストレスが比較的少なかったことに加え、自律神経に対して新しいテクニックを開発していたこと、視床に対するアプローチなども新しく開発していたテクニックが非常に有効に働いたことも合わさって良かったのだと考えている。

 

日本のオステオパスの参考になれば嬉しいし、患者さんに対しても希望を持っていただけただろうと思う。

 

4月18日

4月18日

5月30日

5月30日

6月27日

6月27日

7月25日

7月25日

8月22日

8月22日

9月19日

9月19日

10月24日

10月24日

11月28日

11月28日

 

 

ベルリンより無事帰国   2018.11.19 ~11.20

いよいよ帰国の時が来た。4:00amに目覚ましで目を覚まし荷造りを開始する。そして8:00amにホテルをチェックアウトしタクシーに乗り込む。

 

運転手「Where?」

ユミ 「OK!」

運転手「…? Where?」

ユミ 「OK!」

私  「お前、何言うとんねん。どこやと聞いとんのにOKはないやろが…。」

「テーゲル エアポート」

ユミ 「行き先はあなたが言ってると思っとったんや」

私  「お前の方が先に乗り込んどんのに言う間があるわけないやろが!

まあ、いつもこんな感じで1日が始まる(動き出す)。

タクシーの運転手は、よくクラクションを鳴らす割には安全運転で全く飛ばさない…。

30分のドライブでテーゲル空港に…。ベルリンには何でも2つの空港があるらしく、その内の1つらしい…。

 

この空港は変わっていて分かりづらく不便な空港だ。チェックインカウンターの横に出国手続きとセキュリティチェックがあり、ラウンジは中にはなく一端外に出る。そしてラウンジの中にはトイレはなく、外に出て公衆トイレを使わなくてはならないのだ。

このブログを読んでおられる方はよく分からんと思われるだろうが、その通りでよく分からん創りになっている空港である。

 

ラウンジで30分、時間をつぶしゲートに向かおうとしたら、

 

裕美「あれっ 携帯がない! ちょっと鳴らしてみて…

携帯を鳴らすが音が聞こえない

 

裕美「さっきのチェックインカウンターかなぁ?」

下村「お前はいつも何か無くすか落とすか忘れるなぁ…(怒)」

 

裕美「カウンターまで戻ってみるわ」

ということになり、またカウンターに戻る。

裕美「やっぱりあった!ついてるわ私」

下村「………」

ゲートに向かい飛行機に乗り込む。ここから約1時間30分でヒースロー(ロンドン)だ。

 

下村「JALは何時出発や?」

裕美「7:00pmやったと思う、結構時間あるよ」

下村「何でそんなに早くホテルを出たんや?」

裕美「ホテルにいても仕方ないやん。何もすることないもん。それなら早くヒースローに着いて免税店を見た方がいいやろと思って…」

下村「それってお前がええだけで、わし、めっちゃしんどいやんか」

裕美「そう言われてみればそうかも…」

つまり裕美のやつ、私の体調より自分の気持ちを優先しやがった…とんでもないやつや…。

 

何もすることがないので数週間前に来たばかりの空港ラウンジに入って時間をつぶす。

このブログはまさにそのラウンジの中にある円形テーブルで書いているのだ。

ここで少し休憩(30分)

再びラウンジに戻ってこのブログを書いている。

どこに行っていたかというと、クラブサラダを食べにシーフードバーに行っていたのだ。

 

やっと搭乗時刻になったので飛行機に乗り込む。

帰りの飛行機では5時間ぐらいは眠れたので体が楽だ。新聞を3部読んだ後、NHKニュースを見てその他の時間は仕事をしていた。

 

予定より10分遅れで羽田に到着。そこから乗り継いで伊丹空港に到着し、荷物をピックアップして出てくると

 

「先生!」と言って、クラシカルオステオパシー研究会 会長の小倉君が声をかけてきた。

下村「ビックリした!何でこんな所にいるんや?」

小倉「クリス バッテンを待ってるんです!」とのこと。

どうやら同じ飛行機で日本に来たみたいだ。

2日後から4日間のセミナーをするらしい…。

こんなこともあるもんやなぁ…と思いながら、待たせているMKタクシーに乗り込み神戸に帰ってきた。

 

ベルリン シンポジウム 3日目 2018.11.18

今日はシンポジウム最終日である。

最終日はモーニングレクチャーはなく、午前と午後のワークショップがある。

 

私は午前中はアンソニー・チラD.O.(USA)のワークショップを、午後はChannel D.O.(USA)のワークショップを申し込んでいたが、チラD.O.はアメリカにおいて悪天候のため飛行機が飛ばずベルリン・シンポジウムをキャンセルされていたため、代わりの講師としてスタイルズD.O.(USA)が来られていたので、スタイルズD.O.のワークショップを取った。

午前中のワークショップをスタイルズD.O.のFunctional technique。

午後をChannel D.O.の三位一体(頭-脊柱・骨盤-足の評価と治療)を受けた。

 

スタイルズD.O.のFunctional techniqueはなかなか良かった。 Functionalといっても色んな方法があるのだが、私がJTOCで教えている内容と非常に近いものがある。したがって大変面白かった。

午後のChannel D.O.のワークショップだが、足の問題が脊柱や頭とも関連を持っているという内容で、まぁ 当たり前といえば当たり前のことでもあるし、この分野においても3年前、かなり研究し友人の勧めでドイツのオステオパシー雑誌にも投稿したこともあるので特に得られるものはなかったが教え方は十分に理解出来た。

 

そんなこんなで、頭-脊柱-足の関連については結構知っているし実践においても現在なお役立っている。

 

シンポジウムが全て終了し、夕食にイタリアンに行ったが、ここはなかなかパスタ、肉とも大変美味しかった。ドイツに来て初めてまた行ってみたいと思ったレストランであった。

 

明日は8:00amにホテルを出て帰国のためタクシーでテーゲル空港に向かう予定である。

 

おやすみ。

 

スタイルズD.O.

スタイルズD.O.

イタリアンレストラン

イタリアンレストラン

イタリアンでの料理

イタリアンでの料理

イタリアンでの料理

イタリアンでの料理

イタリアンでの料理

イタリアンでの料理

 

ベルリンシンポジウム 2日目  2018.11.17

しばらく中断していた海外出張ブログ(ベルリンシンポジウム 2018.11.16)の続きを掲載します。

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ホテルを7:45amにタクシーで出発。8:30amからのモーニングレクチャーに出席。

フランク・ウイラード先生のレクチャーを最初にもってきているのはさすがにトルステン!よく考えている。

つまり普通のスピーカーだと8:30amからのレクチャーにはあまり集まって来ない。

しかし、世界的に有名かつ有益な解剖学講義を興味を持たせながら話すことが出来る(しかも何時間でも…)講演者となればそうそういない。

したがって、フランク・ウイラード先生のレクチャーには、国や時間を問わず多くの聴講者がいつも集まる。

そういうことが十分理解出来ているからこそ、友人のトルステンはフランク・ウイラード先生を朝一のスピカ―としているのだ。

今年はオステオパシーのシンポジウムの前日まで同じ会場で国際筋膜学会があったからかもしれないが「筋膜」をテーマとして開催していた。

 

モーニングレクチャーの後、ランチはいつもの「桜」に行く。昨日の太和飯店(ペキンハンテンと読むらしいが読めるかい! だいいち、大に 、が何であるんや? 訳わからんレストランやった)よりやっぱりこっちの方が安くて美味い!(笑顔)

 

ランチの後、会場に戻り午後からのワークショップを受ける。昨日に続きフランク・ウイラード先生のクラスである!

昨日は「腰仙部の筋膜と姿勢」というテーマだったが、今日のテーマは「背部の筋膜疾患の症状と臨床講義」でテーマが異なっているのだ。だから2つのクラスを取ったのだ。

まぁいつもながら大変上手に講義を進め教え方も上手い!私も学生の時、ウイラード先生のような上手い講師に教えてもらっていれば、もっと上手なオステオパスになれたと思う。例えばだ、どのような質問(遺伝子のようなものでも)に対しても、何も見たり調べたりもせず、その場で完璧に答えられるのだ…。どのような脳ミソの構造をしておられるのか全く不明だ…。

 

そしてこの日の8:00pmからは、いつものガラパーティーだ。ここの料理はいつもながらまずい!

 

おしまい。

新年のごあいさつ  2019.1.7

新年明けましておめでとうございます。

皆様は、2019年という年をどの様な形で迎えられましたでしょうか?

 

私は、年末28日から姫路の実家に帰り、新年5日に母の米寿祝いを兼ねて母を連れて神戸に帰ってきました。

従って、私の場合新年を実家で迎えました。

 

こういう風に書くと、恐らくこのブログを見ておられる方は「正月休みはゆっくりされたんだなぁ~」と思っておられると思います。

 

とんでもない! この正月休みの連休は、私にとって一番忙しい時なのです。

ちなみに、このブログを書いている時間は3:50amです。

 

つまり、この正月連休は長期の休みを取っている時でないと出来ない事務仕事をしており、孫におもちゃ屋に連れて行かれる時と食事をする時以外は、2階の自室にこもりきりになって、プレゼン資料作り、2020年度のスケジュール作成、学校(JTOC)の運営など、様々な分野において熟考したり文章や資料の作成をしています。

 

昼間でもカーテンを閉めて仕事をしているので、仕事をしていて眠くなれば横になって眠り、眼がさめれば再び仕事をするといった生活をしています。ですから、5日目位になると頭がボーっとしてカーテンを開けないと今が昼か夜なのか自分ではわからなくなってしまいます。仕事は思ったよりも進まず、神戸に帰ってからも大変です。

 

でも、今年も頑張ります。

2019年もどうぞよろしくお願いいたします!

 

仕事中の実家の部屋の様子

仕事中の実家の部屋の様子