下村彰慶 オステオパシー人生のブログ|日本オステオパシープロフェッショナル協会

症例報告in広島

2022年6月10日

前回からの症例報告の日の続きになるが、実はその患者さんを治療している間に以下の様なやり取りがあり、前回の患者さんの治療後、夜の21時よりその患者さんの車で広島まで往診に行くことになった。

患者さん「先生、うちの院長(医師)大変なんですよ」

下村「どうかされたんですか?」

患者さん「死ぬんじゃないかと思うくらいなのに休まずに1日300人位診ていますし、病院で検査も受けないんですよ」

下村「なんでですか?」

患者さん「多分十二指腸に穴が開いてると思うので、検査を受けたら入院して開腹手術しないといけなくなるから・・・と言われてます」

下村「で、どうしようとされているんですか?」

患者さん「3日間食事も摂らず、水もほとんどが飲むことなく点滴をしながら、多分ストレスから来ていると思うので気力で治すと言っていました」

下村「それはわかりましたが、実際どんな状況なんですか?」

患者さん「この前なんか激痛で眠れなかったと言われていましたし、痛みで壁に手をついて歩いたりされてたんですよ」

下村「ワクチンは?」

患者さん「2回接種されてます」

下村「わかりました。もし私が治療に行くと言ったら受けて頂けますかね・・・?」

患者さん「絶対受けられると思います」

とのことだったので、私はFirstのスタッフを治療している部屋に呼んだ。

下村「明日(土)は確か自分の保養に指宿に行こうと思っていた日やからFirstは土日で連休だったよね?」

受付「何言ってるんですか?元々はそうでしたがマロンちゃんが1カ月ほど前に体調が悪くなった時にマロンが心配やから保養は取り消して土曜の午前中は通常通り診療すると言われたから予約を入れてしまってますよ!」

下村「えっ、そうやったんか?ほんまや思い出したわ。確かそうやったな・・・。わし、この事がなかったら明日の朝から保養に出てしまう所やったわ」

受付「どうされますか?もし広島に行かれるのなら今日の夜に行って明日の朝の診療に間に合うように新幹線で帰ってくることは出来ると思いますが・・・」

下村「わかった。とりあえず治療が終わったらドクターに連絡をとって聞いてもらうわ」

ということになり、治療後患者さんに連絡をとってもらったところ「お願いしたい」とのことだったので息子の純也にその日の夜泊まるホテルを手配してもらった。そして病院長(医師)に連絡をとってもらった時には、CT検査なども受けられたそうで正式な病名も分かった。「膵炎」であった。

それを聞いて私は、自分が行くことで少しでも良くなっていただけるなら是非行きたいと思った。それには理由がある。私は18歳の時に「急性膵炎」と「急性腎盂腎炎」を併発し、半年間入院した経験がある。そしてその内の1カ月間は集中治療室に入れられ、生死の間をさまよっていた。

母は姫路日赤の内科部長より助かる可能性は50%と言われ、もし助かっても元の状態になる保証は出来ない。と言われていたそうだ。その苦しさと痛み(背部痛)は私にはよくわかる。患者目線に立った時、早くこの恐怖と苦しみから「逃れたい」「助かりたい」と思うものだ。これは同じ立場にならないとわかることは無い。

メディアではよく「患者目線になって」という言葉を使い、綺麗な番組にまとめるが、私はいつも「同じ目線に立てる訳がない。アホとちゃうか・・・」と思っている。私が思うには自分の経験から、患者目線に立つというのは「患者様」と言ったり、症状をしっかり説明したり、笑顔で話を聞いてあげたりすることではないと考えている。

そんな暇があれば患者さんを1日でも早く苦痛から解放し、社会復帰させてあげることが本当の患者目線と思っているからだ。なぜなら患者さんは「早く退院したい」「早く良くなりたい」ということしか考えていないからだ。最低限度私の場合はそうであった。

それと、治療に行きたいと思った訳はもう1つある。以前、先妻の息子が交通事故を起こし、岡山日赤に入院していた時、息子の主治医がその院長と同じ医学部の後輩であったことから、非常に良くしていただいたのだ。そのおかげもあり息子は元気に働けている。私はその恩を是非返したいと思ったのだ。

そういった経緯から患者さんの車に乗せてもらい夜21時に神戸を出発!広島に着いたのは夜中の12時だった。

久しぶりにお会いした院長の顔は疲れ切った表情で身体も少し痩せておられた。すぐにストレッチャーの上で横になってもらい、そのまま2人でストレッチャーごと院長を駐車場のある屋外へ。もちろん院内にはリハビリ室などもあるのだが、なぜ屋外で治療をしたのかについての理由は説明が難しいし、したとしてもほとんどの方にはわからないと思う。何よりも私がバカだと思われるのでその理由についてはここでは書かない。ただこのブログを見た方がセミナーなどで会った時に聞かれたら話すと思うが・・・。

さてその院長の頭を片手で少し持ち上げた瞬間に思わず2人に「これはヤバいですよ!」と言ってしまった。頸椎が全く右側屈しない、特に頭蓋骨の前頭部と後頭部が潰され脳が委縮しているのがわかったからだ。もちろん右の下丘は当然ロックされている。頭を両手で持ってもっと身体の内をスキャンすると、特に両足関節と股関節が硬く、膵臓の位置が正常な位置より少し左斜め上にずれ、十二指腸のCの字型も全体的に小さくなって硬いのがわかる。

そして心臓弁の動きが正常な方向に動いておらず、食道なども咽頭の方向に上がってきている。これではきっと足もよくつまずくだろうし、咽頭部の違和感や息苦しさがあると思い質問してみた。

下村「両方の足首がものすごく硬いことを自覚してますか?また、つま先でよくつまずくことがありませんか?」

院長「足首はものすごく硬いですし、たまにつまずいたりもします」

下村「多分、吸気と呼気両方とも完全には出来ないと思うんですが、一度鼻で深呼吸してもらえますか?」

院長「・・・そうですね、最後まで出来ませんね」

下村「喉の上部に違和感がありませんか?」

院長「あります」

下村「特に右の股関節が硬いのは自覚としてありますか?」

院長「右の股関節は小さい時にペルテスやってるんですよ」

なるほど・・・だから右の股関節をかばう様な歩き方をされているんだと思ったが同時に、これは全ての症状をまとめて同時にイケるかも・・・と思った。

下村「たぶんイケる。大丈夫だと思います」と言い切った上で治療を始めた。私がこう言う時は症状が重い軽いでは無く、身体の中がどうなっていて、なぜこのような症状が出ているかの関連性がわかり、それを元に戻すだけの技術力はもっていると確信できた時だ。

そしてこの問題を解決するためにどこをどの順番に治療していけばよいかを考え、9つの手順を考えながら忘れないためにメモに書き、それに従って治療を始めた。

下村「先生、おそらくですが治療時間は3時間位だと思います。それで呼吸も背部痛も痛みも股関節の痛みも無くなると思います」

治療では何をやったかというと目的はただ一つ「ワクチンによる副反応の解除」である。それを行うのに9つの手順を踏んで行っただけである。おそらく99.999%の人は訳が分からんと思う。ワクチンと何が関係あるん・・・??と。だからここでは一切の説明はしない。

治療は予定していた時間より早く、午前2時20分に終了。治療を始めたのが12時30頃だったから約2時間。診察も含めると計2時間20分になった。治療を始めて少しすると院長自身、体がどんどん軽く楽になっていくことを実感されていた。その途中ストレッチャーの横で治療をサポートしてくれていた方が、「下村先生、横にいたら気分がどんどん悪くなってきたので少し離れていいですか?」

下村「感じましたか?私は毎日朝から夜までそれを浴び続けながら治療しているんですよ(笑)。屋外は部屋と違ってまだ楽なもんです。もう少し離れていてください。そこなら安全ですから・・・」と言って4m位離れてもらった後、再び治療を進めた。

そして治療終了後、右の下丘のロックも解除され、呼吸も咽頭部の違和感も、股関節の硬さも改善、そして強くあった背部痛も全て消失していた。

そして歩いていただくと右股関節の痛みをかばう歩き方もほぼ消失(ペルテスによる解剖学的短下肢長があるため、よく見るとほんの少しだけ残っていた)し、ほとんどわからないまでになっていたのを確認した上でシャイニーエッセンスとバイタルエッセンスをその後飲んでもらう用に渡して、治療中サポートしてくれていた方にホテルまで送ってもらった。

朝8時にホテルを出て8時半の新幹線に乗って神戸まで帰省し、土曜日の患者さんも全員無事に治療することが出来た。

このブログも院長本人の了解のもと書いている。日曜日に理学療法士の方に確認をとったが、背部の痛みも全くなくて治療後すごく体調も良くなったとのことである。

また月曜日の夜に院長よりメールを頂き、すごく体調が良くなったとお礼メールを頂いた。

おしまい。